宮間は息を漏らし、改めて感じる。 自分は彼女が好きなのだということを。 桃花の白磁のような肌が赤く染まっていて、繋いでいないほうの手で頬をそっと撫でるとその熱を帯びた感触に、いっそう愛おしいと思ってしまう。 そんなふうに考えながら撫でているとそれが桃花にも伝わっているのか流れてくる感情も肌と同じように熱を孕んだ熱いものへと変化していた。 平常心が保てなくなりそうだと感じて宮間が手を離そうとすると彼女は強く手を握りしめ繋がりを解けなくなった。 「桃花」 ふっと思わず笑ってしまうと、桃花は更に頬を染めて「離さないで下さい」とぽつりと言った。 「うん……」 彼女の声に宮間は短く返事をする。 温かく、優しい感情を穏やかに感じながら、彼女の手を握る左手に力を込めた。 何を気にするでもなく他人と手を握り、触れ合うことが出来ているこの時間もまた愛おしいと思えるもので、自分がこんな時間を過ごせる日が来るとは思っていなかった。 今までの彼は、祖母は勿論、誰に触れても大きな遠慮や後ろめたさがあり、常に心が揺らされて落ち着かず、相手の感情を穏やかに受け入れることなど出来なかった。 ただ手を繋ぎ相手の感情が流れて来るまま受け止めることで、自分の心の中がどこまでも開放されていくような感じがした。 ずっと小さく縮こまって生きてきた人生の中で、初めて手足を伸ばせた。そんな感覚だった。 ひっそりとではあったものの、心の中では生まれて来なければ良かったと彼は長い間思っていた。 己の血を恨み、母を恨んでいた。 直系の血をもつ新たな災いの種をこの世に産み落とした彼女のことを凶暴と呼べるほどの大きな恨みの念ではないものの恨む気持ちは抱えていた。 何故、一族の中でも忌み嫌われながらも続いてきた直系の血を絶ってくれなかったのかと。 そして彼女自身がそうであるにも関わらず力をもつ宮間を忌み嫌い、成り上がる為に使い続けた自分の能力を夫に知られることを恐れ、まだ幼かった宮間を彼《おっと》から遠ざける為に、一族の村に住む宮間の祖母へと厄介者を放り出すようにして預けた。 あるいは木を隠すなら森へとでも彼女は思ったのだろうか……? だけど宮間が他の能力者と同じではないということも彼女は知っていた筈だった。 直系が故の能力の違い。 同じに見えて種類が違う木は森の中でも殊更目立ち浮き上がっていた。 同じようなのに同じではない。そのことは幼い宮間の孤独を深めさせる要因になった。 『蒼の傍に、ずっといてあげるね』 皆が彼を避ける中、由乃《よしの》だけはそんな言葉を使った。 その言葉を真に受けてすがりたかった。 実際すがりたい気持ちも彼にはあり、年上の彼女を姉のように慕って甘えた時期もあったが、それでも見えてしまうものを見えなかったことにしてしまえないからこその苦しみは消えず、由乃の傍にいるときは辛くもあった。 他の人間との接触を断っていた彼は、祖母と由乃と三人でピアノを弾く日が多かった。 上手だと褒めてくれたが、寂しそうだとか辛そうだとは彼女たちは言わなかった。 それでも彼女たちからの賛辞が欲しくて、毎日、日が暮れるまでピアノの練習を彼はしたが、上手く弾けずにひとりで泣く日はあっても弾いていて楽しいと思う日は一度もなかった。 やがて成長した彼は父に呼び戻され、そこで田舎の暮らしは終わった。 彼が大学に進学すると、由乃は田舎から出てきて小さなライブバーを経営するようになり、宮間にピアノの演奏を頼んできた。 ずっと傍にいると言った彼女の言葉は嘘ではなかったのかと感じた彼は、彼女が喜ぶのであればと店でピアノを弾き続けたけれど、やはり演奏をしても楽しいと感じることは出来ず、由乃の賛辞も昔ほど嬉しいとは思えなかった。 ――――由乃は彼が触れても“見えない”数少ない人間であったけれど、触れて見えなければ彼女の全てがシークレットになるわけではない。 優しいように見える彼女だったが、そうでないことが判ってしまっていたから、由乃に何を言われても喜べなかったのかもしれない。 透けて見える優越にひたる様子。 能力者相手に自分を見させないことの優越。 直系である宮間が“見えない”ことで、彼女がおおいに満足している様子を彼は知っていた。 だけど。 能力者の一族の中で似て非なるもの――――。それが由乃だと彼は思っていた。 “見えるが見られてしまう”ものたちの中で“見えない、見させない”彼女は、見えないし見られてしまう、ごく一般的な人々とどう違うのだろうかと。 寧ろ由乃はそちら側に近いのではないかと思っていた宮間は、他の能力者のように彼女がもつ“見させない能力”を羨む気持ちよりも普通に生きられる可能性を秘めていることを羨んではいた。 由乃を羨む気持ちは事実であったから、優越にひたる為だけの対象に選ばれていてもそれはそれで構わず、自分が抱える能力に比べれば彼女がどんな考えの持ち主であっても些細なことだとしか思えなかった。 そして、直系の能力者には望めないものだったが、一族で血の薄い人間の中には成長と共に能力が消えるものがいたせいで、彼女が自分の能力が消えてしまわないかと恐れていることも知っていたから許せていた。 でも、いったい何を恐れる必要があるというのだろう? 宮間にとっては能力が消えることもまた羨望の対象だった。
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