能力が消失することを羨む気持ちがやがて嫉《そね》む気持ちへと変わり、薄暗い色で覆われていく心。
自分でもその薄暗さに辟易させられた。
他人の心を見てしまえる分、自分だけは真白でありたいと思えるのにそうすることが出来ず負の色で染め上げられて益々、己が受け入れられなくなっていく。
浄化されることなく暗く沈む心。その精神。
それでも真白でありたいと思う部分が悲鳴を上げ続けていた。
なりたい自分になれない苦しみと、苦しみを分かち合えないことで膨らむ痛み。他人に触れるたびにえぐられ広げられる傷は常に血を流し続け枯渇寸前だった。
『私は、蒼を愛してるわ』
心にある羨望が違うものへと変化していることを知っても、由乃は同じことを言えるのだろうかと宮間は思った。見えないのをいいことに見ようともしない一方的な愛情で癒されるものなど何一つない。
確かに自分は愛されたいと思っていたが、欲しかったのはそんな形のものではなかった。
何もかもを受け入れて欲しい。人とは違う能力も含めた己の全てを愛されたかった。
『『ごめんね、蒼』』
ふいに思い出された、祖母の心の声。
彼女が亡くなる直前、何度も伝わってきたそれは、入院している祖母を看病していた宮間への“面倒を見させてしまって申し訳ない”という意味合いのものだと思っていた。
意識のはっきりとしていない人間の心は読み取れる部分は少なく、靄《もや》がかかったようになっていて、それでも何度も浮き上がるようにして伝わってきた声が謝罪の言葉で。
今初めて、その言葉の真意に気が付いた宮間は取り返すことの出来ない時間と、己の浅さに眉根を寄せた。
「宮間さん、どうかしましたか?」
彼の表情の変化に、桃花は宮間の顔を覗き込む。
「あ……うん……俺は、あまりにも子供すぎたなと、思ってね」
彼女に寄りかかりたい気持ちを抑えて宮間は深い溜息を吐いた。
寄りかかりたい身体。
寄り添わせたい心。
だけど、桃花の求める“宮間”の形が彼には見えてしまっているから寄りかかれなかった。傍に居てもらえるのなら、多少の偽りも演技してみせる。彼はそう思い、にこりと笑った。
「カフェオレが冷めてしまったな。入れ直してくるよ」
手を解こうとしたのに、今度も桃花はそれを許さなかった。手を解こうとした彼を睨むようにしてじっと見上げてきているが、睨んでいてもどこか愛らしく宮間は本気で笑ってしまった。
「どうして怒ってるの?」
ふつふつと彼女の心の中でわきあがっている怒りの感情に触れ、彼が聞くと桃花は小さな口をアヒルのように尖らせたから、いっそう宮間の笑いを呼ぶ。
「……なんで笑うんですか」
「ご、ごめん。顔があまりにも面白くて、つい」
「ひどいですよね。私が怒っているって判っているのに、そういうこと言いますか、普通」
「ごめんね、知っての通り、俺は普通じゃないんで」
さすがに爆笑するのは堪えて彼が言うと、桃花の唇の形が再びアヒルになるからどうにもならなくなって宮間は笑った。
「ちょ、やめて……その顔、本当、笑ってしまうから」
「……あのですね。人と違う能力云々より、ソレって宮間さんの性格の問題だと思いますよ。せ・い・か・く」
繰り返された最後の言葉の言い方がまた可笑しく思えて、いよいよ彼は肩を揺らしてしまう。
「本当、ひどいですよね、宮間さんって。爆笑する場面じゃないと思うんですけど」
「ごめん」
「マイペースなのは理解してましたけど」
「……あぁ」
ふっと息を吐き、気持ちを持ち直すと彼は静かに言った。
「そういうのは嫌い?」
「嫌いだったら、最初のうちに全力で逃げてますよ」
「ふぅん」
「……あ、んっ」
彼女の心の中にある、先ほどの怒りの理由を探し宮間がその部分に触れようとしたとき、怒りの感情が別のもので覆われる。瞬時に幾重にも重なっていく嬉々とした感情は宮間への愛情そのもので、一旦触れてしまうとその場所から動きたくなくなってしまう。
今、彼が見たいと思ったものはそれではなかったから【理由】を探そうとすると桃花が甘い声で啼いた。
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