「……多分、蒼さんはご存じかと思うんですけど」 「え? 何が」 宮間の涙が止まった頃、桃花はぽつりと呟いた。 「蒼さんは、私の初恋の人なんですよ」 彼女の言葉に、宮間は驚いたような表情をみせる。 「嘘、そうなんだ? あんなにエロいのに」 「……エロさは関係ないと思います」 彼の受け答えに頬を赤くさせながら、それでも桃花は話を続けた。 「そっか、見ようと思わなければ、判らないんですね」 「人の記憶ってタンスの引き出しみたいなものだから。で、どうしたの? 急に」 「初恋の人のお嫁さんになれるなんて、素敵だなぁって思ったんです」 「へぇ」 無関心そうな返事をしてくる宮間に、唇をとがらせた。 「ばかなことを言ってるって思ってますか」 「あぁ、いや……素敵なのかなって。その辺の乙女チックな感情ってちょっとよく判らないから」 「……ばかにしてますね?」 「してないよ。まぁそれはともかくとして、君の親に挨拶に行くから、いつがいいか決めてね」 「……それはともかく……ですか。蒼さんって、本当にマイペースですよね」 突然宮間は起き上がって、桃花の身体を自分の下にした。急に押さえつけられるような格好になり彼女はその行動に驚かされる。 「蒼さん?」 「君にとっての俺は最初でも、俺にとっての君は最後なんだよ」 「最後?」 きょとんとした表情になった桃花に、彼は薄く笑う。 「考えれば考えるほど、俺のほうが、後がないって話だよ」 それまで笑っていた宮間が急に眉根を寄せる。 そんな彼の表情の変化に、桃花が問いかけようとしたとき電話の音が鳴り響く。 一度大きく息を吐いてから、彼は電話をとるために立ち上がった。 「風呂、使っていいからね」 聞かれたくない電話なのだろうか? と直感的に感じた桃花は小さく頷くと、リビングからバスルームへと向かった。 ぬるめのお湯につかりながら、ふぅっと息を吐く。 自分が凄く喜んでいるということを伝えたかったのに伝えきれていない感じがした。 それこそ、宮間と結婚できることに関してこんなに喜んでいる……という感情を見て欲しいと彼に願えば簡単ではあることだったが、その方法は安易に使いたくなかった。 普通であること。 そのことを宮間は人一倍尊んでいるような気がした。もちろん、そんな気がするだけで、彼はそうは思っていないのかもしれなかったけれど。 自分にはなんの力もなく、普通の人間のなかでも優秀なほうではなかったから、想像もつかないような大きな運命に翻弄され続けている宮間を、守ってあげることなどできない――。 ぱしゃりと湯から左手を出して見つめた。 (でも、ずっと傍にいることはできるから) だから“最後”だなんて言って、辛そうな表情をしないで。 大丈夫だと、自分の言葉で彼にちゃんと伝えたかった……。
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