「もうひとつ、聞いてもいいでしょうか?」 ゆらゆらと、お湯の中で手を動かしながら桃花が聞くと、宮間は首を傾けた。 「いいけど……」 「ヨシノさんっていうのは、蒼さんが手伝いに行っているお店の方で、女性なんですよね?」 「あぁ。親戚の……女性ではあるけど」 「ちなみに“ヨシノ”っていうのは名前ですか? 苗字ですか?」 「名前だよ」 「ふぅん、そうなんですね」 「それが、なんだよ」 「いえ、単純にヤキモチ焼いてるだけです」 「ヤキモチだって?」 「名前で呼ぶほど仲が良いんだなぁって、思えるので」 「……さっきも言ったと思うけど、恋愛感情はないよ。今も昔も」 「“恋愛感情は”ですか」 彼女の言葉に、宮間はくくっと笑う。 「いったい何を聞きたがっているんだろうか? 君の目に俺という男がどんなふうに写っているのか知らないけど、俺は好きな女以外は抱かない主義だよ」 「そうですか。よかったです、スッキリしました」 「何がスッキリ?」 「……蒼さんが、私に対してヨシノさんを隠したがっているように見えてしまったので、深い関係があったりするのかなぁって考えたので」 宮間は再び首を傾げた。 「隠したがるだって? たとえば、いつそう感じた?」 「ついさっき、電話がかかってきて風呂に入れと言われたときですね」 「俺、風呂に入れっていう言い方をした?」 「んー……正確には“使っていいからね”ですけど」 「そうだよね? 俺は桃花が汗を流したいかなって考えたから、使ってもいいよって言ったつもりだったんだけど」 「そうだったんですか。なんだ、私の早とちりだったんですね」 「難しいんだな。簡単なことを伝えるんでも」 神妙な面持ちになる宮間を見て、桃花は笑った。 「蒼さんは、表情が読み取りにくかったりするから余計なのかも。まぁ、でも、色々聞いて良かったです」 宮間は長い睫毛を彼女に向けた。 「結果的には良い方向だったけど、そうでなかったときのダメージを君は考えなかったのか?」 「私は、信じているので」 「何を信じる?」 お湯に浮かぶ一枚の花びらを、桃花はそっと両手ですくい取った。 「蒼さん自身であったり、私に対する気持ちであるとか……そういったものでしょうか」 「嘘。やっぱり、由乃と寝たことあるよって言ったら?」 「……今後も、そういった関係を続けるつもりがあるんですか」 「あると言ったら?」 「それは本気で言ってますか」 「いいや」 「蒼さんの真意が判りませんが、私にだって辛いと思う感情はありますよ」 「ごめん。全部嘘だから」 宮間の指が彼女の頬に触れると、桃花の瞳からは涙がぽたりと落ちた。 「信じ切られるのも、怖い。君が思い描いている俺でなかったときに、君が逃げてしまいそうで……」 「逃げません。たとえどんなに辛いことがあっても、泣くようなことがあっても、蒼さんが私をいらないと言わないかぎりは傍にいます。だから嘘はつかないでください」 「ごめん。桃花」 「私はあなたが好きなんです」 彼女の涙の量が増えたとき、宮間の手は桃花の手を強く握っていた。
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