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契約結婚 一年後には捕まえます! Dolphin Riderとの激らぶ婚 3-4


「……すみません、ホテルに泊まる予定なんかなかったですよね……私がうまくやれなかったから……」
「え? 一泊するって言ってなかったっけ?」
 柊吾がサラリと言う。
「え? 聞いてませんけど」
「そうだったかな。だって君の両親にも挨拶に行くだろ?」
「……うちはいいです、電話で連絡しておきますから」
 母が値踏みするように柊吾を見るだろうということを考えると、由眞は到底その場の空気に耐えられる気がしなかった。
「それでいいのかい?」
「……はい。逆にそのほうがいいです」
「じゃあ、結婚の報告は由眞ちゃんにお任せしようかな」
 ベルボーイが部屋に荷物を置いて、部屋を出ていく。
 由眞が今まで見たことのない広さの部屋だった。
 いわゆるスイートルームという部屋だ。
「あ、あの……赤坂さん……」
「休みの日はゆっくりしたいじゃない? なんだかんだ理由をつけて、泊まって行けって言うと思っていたんだよね。母は」
「だったら、お部屋をもうひとつとってもらってもいいですか? 私と一緒じゃ、ゆっくりできないでしょう?」
「またつれないことを言うね」
「な、なんでだと思っているんですか」
「なんで?」
 柊吾が身をかがめて、視線を由眞に合わせてくる。
「……あ、の……っ」
 シロツメクサの栞の話を、自分から言い出すのは嫌だと思えた。
 助けてもらったのは、自分のほう。
 大事な思い出になっているのは、自分のほうだけだ。
(きっと、シロツメクサの冠を持って帰って困っているところに、あのお母様が栞にしてくださっただけで)
 由眞は、ふいっと視線を外した。
「じ、自衛官の人は、私……苦手ってご存知ですよね」
「別に、いかがわしいことなんかしないよ?」
「そっそういうことを、言っているんじゃなくて−−−−」
「由眞ちゃん」
「なんですかっ」
「十秒以内に視線を戻さないと、酷い目に遭うよ」
 彼は、そんな物騒なことを言った。
「酷いってなんですか」
 由眞が顔をあげると、柊吾が口付けてきた。
「!!?」
 驚いている由眞をよそに、彼は魅惑的な笑みを浮かべる。
「逃げないんだ?」
「……ほんっとに、赤坂さんって、酷い人ですよねっ」
「そろそろ柊吾でいいと思う」
 彼は由眞を、そっと抱きしめてくる。
 彼女の首筋にかかる髪の毛をかき上げ、例のホクロにも口付けた。
「ち、ちょっ、いかがわしいことしないって、さっき言いました!!」
「ん……そんなこと、僕は言ったかな」
「言いましたぁ!」
 彼の唇が、首筋を這い回っていてむずむずする。由眞が逃れようと後ろに下がると、ソファにぶつかり、そこに押し倒される形になってしまった。
(ひぃいいいいいっ)
「柊吾って呼んだら、止めてあげてもいいよ」
「ま、またそのパターンですか!」
「こうでもしないと、由眞って僕のことを、名前で呼ばないじゃないか」
 などと、彼は耳元でボソボソと呟く。
「よ、呼び捨てって……ずるい」
 何故だか、胸がきゅっと切なく痛む感じがする。
 ただ、呼び捨てにされただけなのに。
「由眞」
 彼は嬉しそうに名前を呼んで、耳たぶを噛んでくる。
 以前は噛んでみたいとか言っただけなのに、今度は実行してきた。
「ひゃあっ! や、めっ、止めてくださいってば」
「止めてほしいときは、どうするんだっけ?」
「柊吾さん!!」
「よろしい」
 彼は身体を起こし、腕を上にあげて伸びをした。
 その後、由眞の身体を柊吾が起こす。
「これ、もしかしてずっと続くんですか?」
「これって何?」
「私が、赤坂さんのことを」
「おっと?」
 彼は舌なめずりをする。綺麗な顔なので、そんな物騒な表情も美しく見えてしまう。
「しゅ、柊吾さんっ」
「はいはい」
「え、あ、あの……ちょっと、しゅ、柊吾さん?」
 彼はいつの間にかソファに寝転び、座っている由眞の膝の上に、頭を乗せていた。
「今夜は夕飯何を食べる? 疲れちゃったから、ルームサービスで済まそうか」
「そういうこと、のほほんと言ってる場合ですか。なんですか? この状況は」
「由眞ちゃんに、膝枕してもらっている」
 ――――呼び方が、戻ってる。
 残念に思っているわけではないけれど、この使い分けはなんだろうかと彼女は思う。
「……勝手に?」
 由眞が恨みがましく言うと、柊吾が艶のある笑顔を向けてくる。
「承諾が必要だったかな?」
「……い、いると思います」
「じゃあ、膝枕して欲しいな」
 断る理由がないので、結局承諾してしまう。
「ど、どうぞ……」
「由眞ちゃんの膝枕って、柔らかくて気持ちいいね」
 柊吾がうとうとしているように見えたので、由眞は彼に寝るよう促した。
「お疲れでしょう? 少しベッドで寝てはいかがですか?」
「……由眞ちゃんも一緒なら、ベッドで寝てもいいよ」
「な、何を言ってるんですか」
「だよね」
 彼は、ふふっと笑った。
「何か食べよう。お腹すいただろう?」
 ムクリと身体を起こしながら、柊吾が言う。
(赤坂さんって、やっぱり何を考えているのか、わからないところがあるのよね……)
 初対面のときからずっとそうだ。
 距離の取り方が、ちょっと人とずれていて、こんな自分を契約結婚の相手に選ぶし、三千万の寄付金もポンと出してしまう。
 いや、彼の行動の中で、理解できたことなど今まであっただろうか? と由眞はこれまでのことを振り返って考えてみた。
(……ない、わよね。本当、不思議な人)
 だけど、自分を助けてくれる人。
 これ以上ないというほどのピンチから、救ってくれた人。
「料理が来るまで、ワインでも呑む?」
 彼はワインが八本入っている、ワインセラーを覗き込みながら言ってくる。
「いえ、私はアルコールを呑むのは止めておきます。また醜態を晒したくないので」
 そんな風に由眞が言うと、柊吾は微笑んだ。
「いいんじゃない? 呑みたくないなら別だけど、酔っ払った由眞ちゃんも可愛いよ」
「可愛いとか、可愛くないとか、そういう問題じゃないです」
「僕は、由眞ちゃんを酔わせたいなぁ」
 こちらに投げかけてくる視線が、いちいち艶っぽくて困る、と由眞は思う。
「……一杯だけなら……お付き合いします」
「そうこなくちゃ」
 柊吾は嬉しそうに微笑んだ。
 ワインの栓を抜き、ワイングラスに注ぐ。
 琥珀色の液体が綺麗だ。
「ちょっと変わった母で、ごめんね。うち、子供が三人いる割には娘がいないから」
「でも、義理の娘さんなら、もうおふたりいますよね?」
「いかにも医者の奥さんって感じで、つまらないんじゃない?」
「――――つまらないって……」
「喜怒哀楽がはっきりした人間が好きなんだよ。あいにく息子たちはそういうようには、育たなかったし」
「……まぁ、そうですよね。あかさ……柊吾さんも、わかりにくい感じしますし」
「そう? 君に対してはわかりやすく接しているつもりなんだけどな。はい、乾杯。今日はお疲れ様」
 ワイングラスがチンっと音を立てる。
「いただきます」
 一口呑むと、ふわっと果物のいい香りが口いっぱいに広がる。
 そしてジュースのように口当たりが良くて、呑みやすい。
「あ、美味しい」
「そう、よかった。由眞ちゃんの好みにあって」
(呑みすぎないように、気をつけなくちゃ)
 ――――と、思っていたのに、本質が酒好きなのか、由眞は注がれるままに呑んでしまう。
「……柊吾さんってぇ、本当は、どんな女性が好みなんですか?」
 サーモンのマリネをひとくち食べてから、由眞は聞いた。
 若干舌足らずな口調になっているのは、お酒のせいだ。
「本当はって何? 僕の好みは由眞ちゃんだよ」
「ご冗談を」
「本当だって。触れたいのも、触れられたいのも、由眞ちゃんだけだよ」
 柊吾が由眞の手を握ってくる。
 ソファに横並びで座っているから、距離が近くて体温を感じる。
(彼は上手に嘘をつくなぁ)
 一年後のことなど、まるでないような錯覚を起こさせる。
 由眞がそっと彼の肩に頭を寄せると、柊吾が口付けてきた。
「……今日、キスの回数、多くないですか?」
「制限、あった方がいい?」
「そういうこと、聞くのは……ずるい……です」
 また口付けされる。
(この人の唇って、本当……気持ちいいなぁ)
 ぼんやりしていると、彼が何か言った。ボーっとしていたので聞き取れなかったので首を傾げると、柊吾は咳払いをひとつしてもう一度言った。
「シャワー浴びてくる?」
「……シャワーですか?」
「一緒に浴びるのでもいいけど……」
「何を言ってるんですか、一緒にシャワーとか……えっちですね」
「……うん、まぁ、そうなんだけど」
 ぼんやりした頭でも、由眞はひとつの答えに辿り着いた。
 ――――これは、もしかして。
「こ……婚前交渉はオッケーなんですか?」
「由眞ちゃんが嫌ならしないよ」 
 彼の言葉で完全に理解した。これは"誘われている"のだと。
 由眞は少し考えてから返事をする。
「……柊吾さんが、どうしても……って言うなら、し、してもいいです」
 そんなこと、言える立場ではないのに、と由眞は言ってから思った。
 ちらっと彼を見ると、柊吾は微笑んでからキスをしてきて、そっと耳元で囁いた。
「どうしても、抱きたい」
 あぁ、駄目だと由眞は思った。お酒と彼の誘惑でクラクラする。
 腰が砕けたようになってしまって、シャワーを浴びるために立ち上がれそうにない。
(で、でも、する前って……シャワーを浴びるのよね。汗の匂いとかしたら、嫌だし)
 頑張って立ち上がろうとして、結局足がもつれ、柊吾に倒れ込んだ。
「洗ってあげようか?」
「ぜ、絶対、嫌です……恥ずかしい……」
「僕は、このままでもいいけど」
「私は嫌です」
「わかった、じゃあ、バスルームまでは運ぶよ」
 そう言って柊吾は軽々と由眞を抱き上げ、バスルームに運んだ。
「……さっと汗を流しておいで、倒れそうじゃない? 大丈夫」
「だ、大丈夫、です……」
「そう、扉の外で待ってるから、何かあったら壁を叩くなりして呼んで」
 いつの間に持っていたのか、ミネラルウォーターのペットボトルを洗面台に置いて、彼は扉の向こうへと消えていった。
(そういえば、喉、乾いてたな……)
 柊吾が用意したミネラルウォーターを口にして、由眞は服を脱ぎ始めた。
(……本当にいいのかな……)
 契約結婚の中に性交渉が含まれているとは、考えてなかった。
 多分、自分が嫌だと言えば、彼はしないのだろうけど、柊吾は相手が自分でいいのだろうか? と考えてしまう。
 いい、とは言ってしまったものの、由眞は不安に襲われる。
(ど、どうしよう……私……二十八歳だけど……初めてだし……きっとうまくできない)
 そもそも、なんでいいなんて言ってしまったんだろう。
 いや、彼はどちらでもいいように言ってくれたが、拒否権など由眞にはない。
 彼にそのつもりがなくても、三千万は由眞を自由にしてあまりある金額だ。
(か、覚悟しなくちゃ)
 ふらふらとバスルームから出て、身体を拭く。
 洋服はもう一度着るべき? それともこのふかふかなバスローブを着るべき? と由眞は悩む。
 そういえば、外で待っていると柊吾が言っていたのを思い出す。
 コンコンと扉を叩くと「どうしましたか?」と返事がくる。
「あ、あの……つまらない質問なんですけど、お風呂上がりに服を着たらいいのか、バスローブを着たらいいのかわからなくて」
 やや沈黙があった後「バスローブがいいと思うよ」と彼からの返事があった。
「ありがとうございます」
 由眞は肌触りの良いバスローブを羽織り、脱いだ洋服を手に持って、バスルームを出た。
「まだ、ふらふらする?」
「さっきほどじゃないです」
「――――ふらふらするってことだね」
 また彼は由眞を抱き上げ、今度はベッドルームに運んだ。
「僕もシャワー浴びてくるから、ここで待っていて」
「……はい」
 チュッと短いキスをして、柊吾はベッドルームから出ていった。
 すっかり日が落ちていて、窓からの夜景が綺麗だった。どのくらいの時間、呑んでいたんだろう。他愛もない話をしてワインを呑んで、ご飯を食べたりして−−−−。
(……よくわからないけど、普通の恋人同士っぽくない?)
 キスもたくさんした。
 柊吾から契約結婚の話を聞いたとき、もうちょっと距離があるものだと思っていた。プライベートでは偽物は偽物らしく、振る舞うものだと思っていた。
 それなのに、プライベートのときのほうが、彼はべったりで――――嘘と本当の境目がわからなくなる。
 今夜も、そうだ。
 抱きたいなんて、言い出したりして。
 由眞は持っていた洋服をソファに置いて、ベッドの上に腰掛けた。
 今夜ここで彼に抱かれる――――?
 ソワソワと、落ち着かない気持ちにさせられた。
(あぁ……どうしよう……私ばかりが、彼を好きになってしまいそう)
 別れることが前提の契約結婚なのに、何故彼は距離を縮めてこようとするのだろうか? シロツメクサの思い出は――――。
(もしかして、私って、わかっていないのかな)
 栞が飾られていておかしな反応を彼がしたのは、単にお花の栞が飾られているのが恥ずかしかっただけで、意味などなかったのかもしれない。
 自分は彼の小学校の写真を見たからわかったけれど、彼がわかる要素はない。
(……そうよね、たった一日の出来事だもの……忘れて当然だわ)
 自分だって、最近まで忘れていたのだから。



 

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