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契約結婚 一年後には捕まえます! Dolphin Riderとの激らぶ婚 3-5

「いってぇ」
 緊張のせいか、洗面台の角に足をぶつけた。
 ――――まったく、らしくない。こんなに注意力が散漫になるなんて初めてだ。
 柊吾は深々とため息をついた。
 早くベッドルームに行かなければ、由眞が待っている。
(どんな気持ちで待っているのかな……)
 怖がっているだろうか? 
(……やばい、それ以外思いつかない)
 シャワーを浴びて少し冷静になったら、急に由眞が不憫に思えてきた。
 なんだかんだ言っても、彼女は三千万のことは気にしているだろうし、出資者の希望に沿うようにするのは、皆、そうだろう。
 彼女がいいと言っても、それは本心からのいいではない。
(僕は……駄目だな)
 由眞を両親に逢わせて、いよいよ結婚が近いと思った途端、歯止めが効かなくなる。
 彼女のすべてが欲しいだなんて、再会したときから思ってはいたけれど、それは由眞からしたら、何もかもが突然すぎる話だろうと、柊吾は考えた。
(彼女に三千万のための犠牲とか……思って欲しくない)
 三千万、イコール弘貴《おとうと》。
(弟のために、犠牲になったなんて思われたくない)
 求めるのは性急過ぎたと、柊吾は思った。
 冷蔵庫からオレンジジュースを一本とミネラルウォーターを一本持って、由眞が待つベッドルームに柊吾は向かった。

 ベッドルームは電気が消され、真っ暗だった。
 カーテンも閉まっている。
 テーブルに置いてあったであろうランプの明かりも消えていて、柊吾は目が慣れるのに時間がかかった。
「……由眞ちゃん?」
「は、はい」
 目が慣れてくると、彼女がベッドにちょこんと腰掛けているのが見えた。
 柊吾は小さく笑って、部屋の明かりをつける。
「オレンジジュースでも飲まない?」
 由眞は驚いた顔をしていた。
「あ、あの……」
 早く終わらせてしまいましょうよ。と彼女の顔に書いてある気がして仕方ない。
(やっぱり、今夜は止めておこう)
 自分に抱かれることを、不幸な思い出になんてして欲しくなかったから、柊吾はそう決めた。
「……さっきの、ごめんね。嘘だから」
 柊吾が言うと彼女は、キョトンとした顔をする。
「え……あの、嘘って?」
「あー……、その、抱きたいって話。だから」
「興ざめしましたか? 私が、何を着ればいいかとか聞いてしまったから? 部屋を暗くしてしまったから?」
「いや、そういうのではないよ」
「じゃあ、急に、どうしてです?」
 由眞は困ったような表情で、柊吾を見上げた。
「……まだ、そういうタイミングじゃないと思った」
「……じゃあ、いつがそういうタイミングなんですか? もしかして、私、ずっとこんなふうに、気持ちを弄ばれるんですか?」
「え? あ、いや、弄んでいるつもりはないよ。もしそう思ってしまっているなら誤解だよ」
「大事なことなので、意見……ころころ変えないで欲しいです」
「……大事なことだから、意見を変えたんだよ。三千万を盾に無理やりみたいだなって思ったから」
 由眞はしばらく柊吾を見つめてから、頬を赤く染めた。
「……や、やっぱり、柊吾さんって不思議な人です。タイミングがどうとかって、理由を探しているなら、さ、三千万を盾にしたっていいじゃないですか」
「僕が、それ、嫌なんだよね」
「……なんですか、それ」
「三千万を出したから、由眞ちゃんに抱かせろって、言っているみたいじゃない?」
「そ、それは……」
「逆に聞きたいんだけど」
「何でしょうか?」
「三千万の件がなかったとして。それでも、由眞ちゃんは僕に抱かれたい?」
「なっ……」
 由眞は顔を真っ赤にさせた。
 この人は、人をバスローブ姿にまでさせておいて、何を言い出しているのだろうかと彼女は思う。やっぱり不思議な人だ。
「さ、さっき、柊吾さんが私を抱きたいって……」
「それは僕の意見だよね? 由眞ちゃんはどうなのかなって、思うよね」
「い、今更ですか!」
「うん。由眞ちゃんが嫌なことはしたくない」
「だから、柊吾さんが――――」
「僕の気持ちじゃなくて、今度は由眞ちゃんの気持ちを聞いているよ?」
「……意地悪……」
 由眞は耳まで赤くして呟いた。本当にこの人は不思議な人で、難解で――――優しい人だ。
 今まで、自分の意見なんて気にしてくれた人なんかいなかった。
 いつも弘貴《おとうと》が最優先で、自分の気持ちを考えてくれる人なんていなかった。今だって、本当は彼の自由にしても、由眞は文句など言いやしないのに。
「……由眞ちゃん」
 彼の唇が額に触れる。
 ――――偽りでも何でもいい。それでも、私はこの人に抱かれたい。
 由眞は勇気を振り絞って、今の思いを口にした。
「わ……わ、私は、柊吾さんに……抱かれたい、です」
「……良かった」
 彼は心の底から安堵したようにそう言って、由眞を大事そうに抱きしめた。
 由眞も柊吾を抱きしめ返す。
 温かい人の体温と、逞しい身体。優しい声や、その指先は、溺れるには十分だった。
(好きだとか、愛しいとか、思っちゃいけないのに)
 偽りであっても彼の唇から溢れる「愛している」の言葉は、切なくもあり、嬉しかった。
「……今夜はここまでで、止めておく?」
「……ダメです、ちゃんと……してください」
「だって、由眞ちゃん、泣いているから」
「これは、放っといてください。勝手に出てるものなんで」
 由眞は眦に溜まった涙を拭う。
「……これ以上は、止められなくなるよ?」
「……いいです」
 薄暗い部屋のベッドの上で、柊吾は由眞の全身を大事そうに愛撫する。
(柊吾さんの……唇が……)
 由眞の下腹部に触れる。腰が砕けてしまいそうな甘い快感が広がっていく。
「ん……ふ」
 舌先が触れれば、身体がひくりと跳ねた。
(頭、ぼーっとする……なんだか、柊吾さんが触れてくれるとこ、全部気持ちよくて)
 身体がとろとろに溶けていって、内側の熱であの部分が濡れているのが由眞にもわかった。
 彼の指がそこに触れ、差し込まれても意外とすんなり受け入れられた。
 ちゅぷっと妙な音がする。
(……最初は痛いって聞いてたけど……そうでも、ないのかな……すごい、ぬるぬるしてて変な感じ……)
「……大丈夫そう?」
「……はい、多分」
 彼が身体を起こし、がさごそと何か動く気配がした。
「……ふー……全然、余裕ない感じ、由眞を抱けるのかと思ったら」
「……あの……私、何かしたほうがいいですか?」
「ふふ、今夜は何もしないで、僕に余裕がないから」
 チュっと短いキス。
 彼は由眞の顔の横に腕をついて、ゆっくりと身体を動かした。
 由眞の身体の中に、柊吾の身体が挿入されてくる。
「んっ……」
「由眞、好き……凄く、好きだよ……」
「わ、たし……も、好き……」
「うん」
 指よりも硬くて大きなものが、入ってきている。彼がゆっくり動くから、尚更、意識してしまう。
「……変な感じ……なんだか変な、感じ……」
「痛い?」
「少し……で、でも……」
「うー……ん?」
「……っ」
 柊吾がじっと由眞の顔を見つめていることに気が付いて、身体が熱くなった。
「か、顔、見ないでください……」
 隠そうとすると腕を掴まれる。
「由眞がどんな顔をするのか、見ていたいんだよ……僕に抱かれて」
「恥ずかしい……」
「うん、そうだね、そういうコト、しているからね……僕たち」
 由眞の心臓が大きく跳ねる。
 艶のある声で、なんだかやらしい台詞を吐かれると、頭の中がおかしくなってしまいそうだと由眞は思った。
 ましてや彼は、その綺麗な瞳でじっとこちらを見ているから、いつも以上に艷やかな色っぽい瞳で見てくるから、心拍数がどんどん上がっている気がしていた。
「う、う……っ」
「泣きそうな顔……どうして? やっぱり……痛い?」
「柊吾さんが……見つめてくるから……」
「そんなに……見られるの、嫌?」
 ぼそぼそと彼が耳元で囁いてくる。そんな声もいつもとは違うから、胸がきゅうっと切ない痛みに襲われる。それが触れ合っている部分への快感に繋がる。
「あ、や……もぉ……」
「ふふ……可愛い……由眞」
 ぐぐっと腰を押し付けられる。
「んんっ」
「……っ、は」
 裂けると思った次の瞬間には、彼の腰が由眞の腰にぴったりと重なっていた。
「あ……ぁ……柊吾さん……」
「大丈夫?」
「う、ん……うん」
「ふ……由眞」
 背中に腕が回ってきて、由眞は柊吾にぎゅうっと抱き締められた。
 繋がっている部分が熱い。
(私……柊吾さんに……抱かれてる)
 もう二度と会えないと思っていた、シロツメクサの男の子。ひたすら優しい思い出――――その人が今ここにいて、自分を抱き締めている。
(嬉しい……こんなに傍に……いる)
 由眞も彼をぎゅうっと抱き締めた。
「……由眞」
「どうにか……なっちゃいそう……です」
「いいよ……」
 彼の穏やかな律動に、由眞は身体を反らせた。
「んー……ぅ……は、ぁ」
 快楽の波に、ふるふると彼女の身体が震える。
 その快楽は痛いような、くすぐったいような不思議な感覚だった。
 ゆったりと動く彼に身を任せて、由眞は知らなかった感覚を身体に刻む。
 柊吾の甘い吐息も、逞しい肉体も、由眞を溺れさせるには十分だった。
「く、ふっ」
「……由眞、愛してる」
 甘ったるい彼の囁きに、知らなかった快感が、ぱちんと大きく弾けた。
「…………柊吾、さん……す、き」
「――――うん」
 偽物の結婚なのに。
 違うのに、そんなんじゃないのに。彼が優しすぎるから……。
 困ってしまう−−−−。


「身体、大丈夫?」
 柊吾の手が由眞の頭を撫でる。
「……は、い、多分……」
「喉、乾かない?」
「……お水、欲しいです」
「ん」
 彼はベッドの傍にあるミニテーブルに手を伸ばし、ミネラルウォーターを取った。
 ぺき、と軽い音がする。柊吾がキャップを外した音だ。
「身体起こせる?」
「は、はい」
 ミネラルウォーターのペットボトルを渡されて、由眞は喉の渇きを癒した。
「ふは、お水……美味しいです」
「そう」
 薄暗かった部屋が、ミニテーブルのランプがつけられたことでぼんやりと光りが行き渡り、お互いの顔がはっきりと見えるぐらいの明るさになっていた。
(ん……は、恥ずかしいな……)
 由眞は掛け布団を胸の上まであげて、可能な限り自分の肌を隠した。
 柊吾は黙って由眞を見つめ続けている。
(そ、その視線も……恥ずかしい……)
「寒くない?」
 彼はそんなことを言いながら、彼女の肩にバスローブをかけた。
 空調がきいているので寒くはない。
「……ありがとうございます、寒くはないです……柊吾さんは?」
「僕は暑いぐらいかな」
「あ、お、お水、どうぞ」
 由眞は自分が手にしていたペットボトルを彼に渡す。
「うん、もらおうかな」
 彼女の手からミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、柊吾は水を飲んだ。
(ひゃあ、間接キスだ)
 なんて、今更照れるところかと思いながらも、由眞は頬を赤く染める。
「ん? どうかした?」
 彼の長い指先が、由眞の頬に触れる。
「熱いね」
「な、何も……大丈夫ですから」
「そう?」
 柊吾が口付けてくる。短いキスの後、彼は微笑んだ。
(あぁ……私、この人に……抱かれたんだなぁ……)
 さきほどまでの快楽がまだ身体に残っているようで、その甘ったるい感覚に頭がぼうっとしていた。
 身体が熱っぽく、心の中もじんわり温かい感じがする。
(なんだろ、凄く、今……幸せ、かも)
 ただの契約結婚で、これはその延長線上のことなのに−−−−と考えながらも、由眞はこの瞬間の幸せを、くすぐったい思いで味わっていた。


 

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