第四章 時間《とき》はあっという間に流れ、挙式の日が近づいてきた。 ウエディングドレスの試着や、ベールの発注など、すべて柊吾の母である舞子が付き添い、手伝ってくれた。 由眞の母、礼子はこの結婚に大喜びではあったものの、こういうときでさえ弘貴のお見舞いが優先で、ほとんど顔を出さなかった。 (弘貴の渡米が近いから……仕方ないわよね) 由眞の結婚式が終わったら、弘貴は渡米する。 両親共に、弘貴の渡米先についていく。そのお金もクラウドファンディング経由で柊吾が援助した。 『由眞がいい人と結婚してくれるから助かるわ、さすがはお姉ちゃんね』 などど礼子は言う。 (きっと相手が桃谷さんでも、同じことを言うんだろうな) どこまでも、彼女は由眞に興味がないのだ。同じ子供なのに、どうしてこうも差がついてしまったのか。 わからない。自分が悪いのか、そうでないかの判断も由眞には出来ない。こうも愛されない理由が、何一つ思い浮かばなかった。 「由眞ちゃんは色白だから、どんなドレスでも似合っちゃいそうで、選ぶのが大変だわ」 お色直し用のドレスをホテル内にあるブライダルセンターで、パソコンで見せてもらっている舞子が唸った。 「お忙しいのに、いつも付き合っていただいて、すみません」 由眞がそういうと「水くさいわぁ」と舞子が言う。 「むしろ、一緒に選ばせてもらえている私が、由眞ちゃんに感謝しているのよ、藤吾や桜吾のときは、さっさと決めてきちゃって、私なんて蚊帳の外だったんですもの。寂しかったわぁ」 「……そうだったんですね」 「だから、由眞ちゃんのドレスや会場のお花には気合いれるわよ」 と、舞子は張り切っていた。 ベールも特注で、小さなお花のビジューをあしらったとても高価なものを、舞子は自らデザインしたくらいだった。ビジューはダイヤモンドを使用している。 一度しか使わないものに、そんなにお金をかけなくても……と、由眞はハラハラしたが、柊吾が母の好きにさせてあげてと言うので、由眞は黙っていた。 (お金のことを言うのは、このお家では野暮なのかもしれない) 「挙式まであと一ヶ月ね、楽しみだわ」 ホテルのサロンで紅茶を飲みながら、舞子が感慨深げに言う。 「あの子ったら、全然結婚の素振りを見せなかったから、もう一生結婚しないのかと思っていたのよ」 「……そうだったんですね」 「そうかと思えば突然、結婚するって言い出すし。驚かされてばかりだわ」 だが、舞子は嬉しそうに微笑む。 「でも、良かった。柊吾のお嫁さんが由眞ちゃんで」 「……」 いったい自分の何を気に入ってくれているのかわからなかったが、この結婚が契約結婚であったから、由眞は心苦しかった。 「柊吾って、ちょっと何考えているかわかりにくいところが、あるでしょう?」 「あ、は……はい」 「小さい頃からそうだったのよね……だから、この子を他の兄弟みたいに医者の道に進ませて良いのかって、悩んだの。きっと、本当に何かやりたいことができても、黙って医者になってしまいそうだったから。だから、別の道に進んでもいいのよって言ったら……まさかブルーインパルスのパイロットになりたいなんて、言い出すとは思わなかったわ……きっかけは、あったみたいだけど」 ちらりと舞子が由眞を見る。 「?」 視線の意味がわからなくて黙っていると、舞子が少し頭を押さえた。 「まったく……あの子は……何も言っていないのね。とにかく、柊吾のこと、よろしくお願いしますね。もし、あの子が由眞ちゃんを泣かすようなことをしたら、遠慮なく私に言ってきて頂戴。お仕置きするから」 「お、お仕置き……大丈夫です。柊吾さんは優しすぎるぐらい、優しいですから」 「……それでも、私は由眞ちゃんの味方だからね」 きゅっと手を握られた。 温かい手だ。本当の母にだってこんなふうに手を握られたことがないのに。 思わず泣いてしまいそうになって、寸前で堪えた。 「頼りにしています。お母様」 松島に戻ると、空港では柊吾が待っていてくれた。 彼の顔を見た瞬間、不思議な安堵感に包まれた。 「母に振り回されなかった? 大丈夫?」 柊吾が心配してくれるが、それには及ばなかった。 「……本当に良い方で、とても良くしてくださいました」 「迷惑かけてないならよかったよ。今回やたらと、張り切っているみたいだから……」 「……嬉しいです。申し訳ないくらいに」 由眞が言うと、柊吾は複雑そうな表情を浮かべた。 「……気にしないでいいよ。好きでやっていることなんだから。ところで、今夜は由眞ちゃんの家に送れば良いのかな。それとも、僕の家に来る?」 とくんと由眞の心臓が跳ねる。 あのホテルの夜から彼は何もしてこなかったけれど、ふたりきりの夜は妙な気持ちにさせられて困ってしまう。 「あ、あの……お邪魔でなければ……柊吾さんの家に泊まってもいいでしょうか。ドレスの……しゃ、写真も見ていただきたいですし」 しどろもどろになってしまって、恥ずかしい。 「邪魔なわけないよ。ドレスの写真も是非見たいな」 彼はそう言って微笑むと、車を走らせた。 (……入籍は済ませて、もう契約結婚はスタートしていて……むしろ終わりの日のカウントダウンは始まっているのに私が割り切れてないから、いちいちドキドキしちゃって……こんなんじゃ、駄目なのに) 少しでも多くの距離をとらなければならないと思っているが、逆の行動をとってしまう。 さっきの柊吾の問いかけに対してだって、本当は自分の家に帰ると答えるのが正解だというのに。 (私は柊吾さんを、好きだとか……思ってしまっているの?) 顔を見れば、離れがたく思ってしまう。一分でも一秒でも長く一緒にいたいと、思ってしまう。だが、思い出の積み重ねは後々辛くなるだけだと、わかっているのに、何故か彼の傍にいたくなる。 ふんわりと包み込まれているようなぬくもりが、彼の傍にいると感じられるから居心地がいい。 (駄目だなぁ……もっと強くならないと。このままだと、依存する人間になってしまいそう) これまでずっと一人で頑張ってきたのに、優しくしてくれる人が出来た途端、寄りかかってしまいそうになる。 この優しさは、契約のための優しさなのに。
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