「うん、凄く似合っている。可愛いね――――とても綺麗だ」 スマホで撮ってきたドレスの画像を見ながら、柊吾が褒めてくれる。 「お色直しのドレスがまだ決まってないんです。オレンジかピンクか……水色か……柊吾さんはどう思いますか?」 「そうだねぇ。全部似合っているけど、この中だったら水色がいいんじゃない?」 「じゃあ、水色にします。お母様にLineしておきますね」 そんな彼女を、柊吾は微笑ましげに見ていた。 「すっかり母と仲良しみたいだね」 「はい、私なんかと仲良くしてくださって……凄く優しいです。大好きです」 柊吾と同様、ずっとこの関係が続けばいいと願ってしまうほど、由眞は舞子が好きだった。 「大好き、か。妬けちゃうな」 彼の腕が腰に回ってくる。 「や、妬けるって、お母様ですよ?」 「それでも。由眞ちゃんが自分から好きだって言うこと、殆どないからさ」 「だ、だって……それは、私達は契約結婚だから……」 「僕は、好きだよ。由眞ちゃんのこと」 「……っ、あ、ありがとうございます……」 「つれない返事だね?」 「だって、好きとか、あんまり言うのって、違う気がして」 「好きだと思うなら、言えばいいじゃない?」 「……柊吾さんは、そうしているんですか?」 「もちろんだよ」 彼はまっすぐに由眞を見てくる。 切れ長の瞳には甘い色が色づいていて、誘っているようだった。 「由眞、大好きだよ」 唇が触れ合う。短い口付けの後、柊吾は由眞の反応を伺うようにしてから、再び口付けてくる。 ――――ときどきしてくる、深い口付け。 舌先が触れ合って、絡め取られる。 こんな口付けも、由眞は嫌いじゃなかった。 ただ、この日も柊吾は同じベッドで寝ても、キス以上のことはしてこなかった。 ベッドで抱き合って寝ていると、妙に意識してしまって落ち着かない。 (こんなに近くにいるのに……) 綺麗な寝顔を見つめながら、由眞は小さく息を吐く。 求めすぎてはいけない。恋人同士ではないのだから。 (もっと、距離があれば偽物らしく、感情も揺れずに済むのにな……) 由眞の熟睡できない夜が更けていった。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ――――結婚式当日。 挙式はつつがなく行われた。 挙式ではティアラにベールという組み合わせだったが、披露宴では生花とベールの組み合わせでドレス姿を披露する。 ティアラのときはアップヘアだったのを、生花のときは花冠にして髪を下ろすため、ベールは一度外された。 花冠は予め、舞子が作っておいてくれたものだ。 おろした髪にもところどころに花を挿し、可愛らしく仕上がった。 「素敵ですね。お母様、有名なフラワーコーディネーターなんですよね」 ヘアメイクの人がそんなことを言った。 「そうなんですか? フラワーコーディネーターだということは知っていたんですが……有名なんですね」 「弟子入りされたい方も多いみたいですよ。さて、あとはベールをつければ完成ですよ。ベールを持ってきて」 ヘアメイクの人が振り返ると、ブライダルスタッフが慌てた様子でいる。 「何? どうかしたの?」 「そ、それが……ここに置いてあったベールが……なくなっているんです」 部屋の中がしん……と静まり返る。 「……ないってどういうこと? ここは関係者以外入れないんだから、なくなるわけがないじゃない」 「で、ですが……」 「間違って他の場所に置いたか何かでしょう? 早く探して頂戴、時間がないわ」 騒然とする中、由眞は俯いた。 (……ベールを外してから、そんなに時間が経ってないのに……) 高価なものである、という前に、あのベールは舞子が一生懸命デザインして由眞のために作ってくれたものだ。 契約結婚が終わっても、ずっと大事に持っていようと思っていたのに、まさか式の途中で紛失するなんて……。 「披露宴の時間がおしてしまうわ……こんなことが起きるなんて、なんてお詫びをすればいいか……」 さきほどのヘアメイクのスタッフが声をかけてくる。 挙式の責任者と共に、柊吾が部屋に入ってきた。 「……由眞ちゃん、大丈夫?」 「……お母様が作ってくださったベールが……」 「うん、聞いたよ。責任問題は後にして……今は、別のベールで代用しよう」 「……はい」 「……ど、どのようなベールをご用意すれば……」 「シンプルなものでいいよ。選んでいる時間もない」 ――――こうして、ベールは代用品が使われ、披露宴が始まった。 そして披露宴が終わる頃には、盗んだホテルスタッフが捕まっていて、由眞のベールが手元に戻ってきた。 「……ですが、申し訳ありません、一部スタッフが切り取ってしまっていて……」 支配人が申し訳無さそうに切り取られた部分を由眞に見せる。 裾の一部分が、切り取られていた。 「……」 言葉にならない。 盗まれるのも想定外なら、こんな風に切り取られるのも想定外だった。 何故こんなことをしたのか、盗んだ女性スタッフは口を割らなかった。 (もしかしたら、この結婚をよく思ってない人がいるのかも) 最後までベールが出てこないのならともかく、切られた状態で出てくるのは悪意しか感じ取れない。 「最先の良くないことね」 由眞の母、礼子が言う。 「まさかホテル内に泥棒がいるとは思わなかったし、なんだか、先が思いやられる出来事ね。これから弘貴と渡米するのに、不吉だわ」 相変わらず、思ったことを遠慮なしに言う。 こんなときぐらい、思いやりのある言葉をかけて欲しかったが、この人にそれを望んでも仕方ないのだろう。 由眞は俯き、黙っていた。 「ホテル側の責任の話は別として、由眞ちゃんに何もなくて良かったわ」 不意に、舞子の声がした。 「こんな物騒なことをする人が、由眞ちゃんの傍に居たのかと思うとぞっとするわ。不安だったでしょう? よく笑顔で披露宴を乗り切ってくれたわ。ありがとう」 そういってソファに座っている由眞の手を、舞子が屈んで握ってくれた。 「……お母様」 「あとは私達がホテル側と話をするから、由眞ちゃんは柊吾と帰ってゆっくりしなさい」 「……ありがとうございます」 柊吾が由眞を連れて、その場を離れた。 「あとは父や母に任せておけばいよ。母が言うように、本当に由眞ちゃんに何もなくて良かったよ」 「……でもいっそ、私が傷つけられたほうが良かったかもしれないです……」 「何を言うんだ。君が傷つけられたら、僕は一生犯人を許さないよ」 「私のことが気に入らないから、あんなことをしたのでしょう? だったらお母様の真心を傷つけられるくらいなら、私に向けられたほうがましです」 ポロポロと涙が頬を伝う。 「由眞ちゃん、あのベールには母の気持ちは込められているかもしれないけれど、心そのものじゃない。由眞ちゃんが傷つけられたら、母は何十倍も悲しむよ」 「……う……っく……は、い」 「怖い思いをさせてごめんね」 柊吾が由眞を抱きしめる。 「……柊吾さんのせいじゃ……ないです」 「……」 柊吾は思うところがあるように、考えていた。 こういう姑息な手段をとるのかと。 あの男は。 だけど犯人であるブライダルスタッフが、口を割らない以上、疑わしいだけで証拠がない。 由眞をあの男と引き合わせてしまったのが、自分だと思うとやりきれない気持ちだった。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「貧乏人は可哀想だなぁ、お金で盗みもしなきゃいけないんだからなぁ。あ、器物損壊もだっけ?」 愉快そうに男は笑って、由眞のベールの切れ端と五百万の入った封筒を交換した。 「この僕の名前を出したりしてないだろうね? 言っておくけど、僕に迷惑かかるようだったらお金は返してもらうよ」 「……何も喋っていません」 ホテルのスタッフは、疲れたように俯いたままでいる。 「そうか、また何かあったら君に頼むよ。お金に困っているんだもんな。何でもするよなぁ?」 「……は、い」 男はベールの切れ端の匂いを嗅いだ。 「……あぁ、由眞ちゃん……人妻になっても、僕は諦めないよ……君は僕のモノだ」
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