食後にソファでテレビを見ていると、由眞がそわそわしているように感じた。 「……どうかした?」 「えっ!」 「なんだか、落ち着きがないように見えるから、僕がいて落ち着けないなら、自分の部屋に行くけど」 「ち、ちが……あの」 由眞が柊吾を止めるように、彼のシャツの袖をぎゅうっと握りしめる。 「由眞ちゃん?」 「その、だっ……だき……だ、抱きしめて、欲しい、です」 「……うん」 柊吾は手を伸ばし、由眞を抱きしめた。愛しい思いをそのままに抱きしめてしまったせいか、思いがけず力が入ってしまって、彼女が苦しがった。 「しゅ、柊吾さん、苦しいです」 「あ、ごめん」 思わず離れようとするが、由眞の方からしがみついてきた。 「……由眞ちゃん」 「……おかえりなさい……柊吾さん」 彼女は再びそう言った。 たくさん心配して、苦しい思いもしたんだろうなと思えば、彼女を抱く腕の力が強くなってしまう。だが、由眞は何も言わなかった。 「……キス、していい?」 柊吾が聞くと、彼女は頷いた。 「キス……以上のことも……し、して欲しい……で、す」 「……うん……加減、出来なかったら、ごめんね」 加減なんて出来そうにない。 不安に揺れて、動揺して、その後に求められたら、気持ちが抑えられない。と彼は思っていた。 柊吾は由眞を自分の部屋に連れて行き、ベッドに座らせると性急に押し倒した。 「――――……」 由眞は驚いたような表情をしたが、声は出さなかった。 部屋の明かりは元々ついていない。 薄暗い部屋の中で、柊吾は彼女に口付ける。 (……やっぱり……凄く、好きだ) 清潔そうな石鹸の香りが仄かに彼女の肌から香る。そんな香りにさえも、今の柊吾は欲情させられた。 「……好きだよ、由眞……」 「……わ、私、も……」 彼女の言葉はどこまで本当なのかわからなかったが、同意の言葉だけでも彼は満足だった。 由眞に触れることを許され、抱くことさえも許された。そう考えてしまえば否応なしに気持ちが高ぶる。 (……ずっと、傍にいたい……離れたくない) 今すぐ伝えて、肯定して欲しかった。 (……同じ、気持ちで) 好きだと答えてくれる言葉の意味が、自分と同じであればいいのにと柊吾は思う。 「……っあ」 彼女の中に入り込めば、由眞が小さな声を上げる。 「……まだ、痛い?」 「す、少しだけ……だから、大丈夫……です」 濡れた瞳を向けられて、柊吾は可愛いなぁと心底思っていた。 (どうして今夜、抱かれたかったんだろう……) 彼女から誘われるとは思っていなかった。 最初の夜から、ずっと我慢はしてきたけれど、彼女に身体だけを求められていると思われたくなかったから辛抱してきた。 (……それぐらい、彼女にとってブルーの展示飛行は怖いものだった?) 親しい人間が傷つくのは見たくないと、恐れている彼女。だったら、由眞が怖いと思うくらいには、親しい距離まで詰められている……のだろうか? と柊吾は考えた。 「ま、また……そんなに、見ないで……」 由眞は恥ずかしそうにしている。 「可愛い顔をしているから、見たくなるんだよ……」 目が合うと、彼女の体内の反応が変わる。 (あぁ、由眞の中は凄く……気持ちがいい) 性的な意味でも精神的な意味でも、気持ちがいいと思えた。 「ずっと、このまま……繋がっていたい」 思わず本音を漏らすと、由眞も頷いた。 「だい……すき、です……柊吾さん」 「すっごく、可愛い……」 愛しい彼女。たった一人の愛する人。 望んで、望んで、やっと腕の中に抱《いだ》くことが出来た。大事にしたい、幸せにしたいと心の底から思った。 彼女が憂う、どんなことからも守ってやりたいと思っていた。 (僕はもう、小さな少年じゃない) 由眞を抱きしめて腕の中に閉じ込めて、ずっとずっと守りたい。 愛しいと思うほどに執着心も深くなっていることに気が付いていたが、もうどうにもならないと彼は感じていた。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ (人を好きになることは、そんなに難しいことじゃないって思ってた) 由眞は、柊吾の寝顔を見ながら考えていた。 無防備に眠っている彼の顔を、まじまじと見つめる。造形が整っていて綺麗で、睫毛が凄く長い。 彼は母親似なんだろうなと、由眞は思った。舞子も驚くほどの美人だった。 ひとしきり観察し終えて、由眞は浅く息を吐いた。 (……なんでこうも違うんだろう。山口くんのときは、格好いい、わー好き! って感じで……単純だったのに……) 多分、自分は柊吾が好きだと、由眞は思う。 今現在の柊吾も、優しいし、由眞を気遣ってくれるし、大事にしてくれているのがわかる。それが契約結婚の義務感だったとしても、嬉しいと思えた。 そして、遠い昔、ひとりぼっちのときに声をかけてくれた、シロツメクサのお兄ちゃんであることも重なって、由眞は彼に対してどんな感情を抱いていればいいのか、わかりかねている。 (好き……というよりは、凄く大事な人になっちゃってる。でも一緒にいられるのは期間限定で……) シロツメクサの公園で遊んでくれたときも、あのときだけの"時間限定"だった。 彼が言った通り、翌日以降、お兄ちゃんが現れることはなかった。 あれから暫らくは寂しかった。楽しかった分、反動で寂しさがこみ上げてきていた。 ずっと一人で平気だったのに、彼がいないことが、寂しくて堪らなかった。やがて、あの公園からも遠ざかって、ようやく彼のことを忘れられた。 (……どうしてシロツメクサの栞を今も持っているのか、聞いてみたい……けど) もぞもぞと動いて、由眞は柊吾の身体に身を寄せた。 言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるような気がした。でも、すでに"契約結婚"という形で線引きをされてしまっている以上、その線を超えられない。 「……寒い?」 ふいに柊吾が由眞の頭の下に腕を入れて、体ごと引き寄せる。 「さ、寒く……ないです。ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」 彼はふふっと笑った。 「もともと寝てないよ」 チュっと由眞の額に口付けて、彼は彼女の頭を撫でた。 「由眞の感触の余韻に浸っていただけ」 「っ余韻とか言わないで……恥ずかしい」 「由眞はそういうの、ないの?」 「恥ずかしいって言ってます」 彼はまた笑った。 「そろそろ服を着る? それとも……」 「も、もう、いい加減服を着ましょう! 身体が辛いです」 「ん……痛かった?」 なんとも艶っぽい目つきで彼は由眞を見つめてくる。顔の偏差値が高い人なので、由眞の心臓がバクバクする。 「あの、ですね……最近、その、柊吾さんが入ってくると、なんていうか、キュンキュンするっていうか、変な感じがして……疲労感が半端ないんです」 「へーえ?」 柊吾がハートのホクロのある方の首筋を指で撫でると、由眞がくすぐったがる。 「そ、そういうのも……」 「……もう一回しようか」 「柊吾さん、人の話……」 「……由眞」 えっちのときだけ、呼び捨てにされるのも、ドキドキが倍増して心臓が壊れそうになる。 本当に困ってしまう。自分の感情を、どういうふうにもっていけばいいのかわからなくて――――。
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