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契約結婚 一年後には捕まえます! Dolphin Riderとの激らぶ婚 4-5


「もうすぐ、由眞ちゃんの誕生日だね。何か欲しい物ある?」
 翌朝、明るい声で柊吾が聞いてくる。
 由眞はお疲れ気味だ。
 それでも、朝食にトーストと目玉焼きを焼いた自分を、褒めて欲しいと由眞は思っていた。
「……私、物欲ないので、物はいらないです」
「ブルーインパルスのキーホルダーには、あんなに食いついていたのに?」
 ブルーインパルスのキーホルダーの話をされると、アレはアレで、むず痒い気持ちにさせられる。
 彼の前でうっかりはしゃいだことも、彼にキーホルダーをプレゼントしてしまったことも、全てが恥ずかしい。
 今現在、ペアで持っているから、顔から火が出そうだ。
「ブルーは特別なんです。とにかく、私の誕生日のこともお気遣いなくです。今まで祝ってもらったことなんてないんで、慣れないことをされると、恥ずかしいです」
「――――え? 一度も?」
「そうですけど……あ、ほら、急がないと遅刻しますよ」
「あぁ、本当だ。ごちそうさま」
「お皿はそのままでいいですよ」
「ありがとう、悪いね」
 出勤時間が早い柊吾を見送って、由眞は食器の後片付けを済ませると、自分のお昼ご飯のお弁当を作り始めた。
 柊吾にはお弁当は作らない。
 彼には食堂か、祖母のレストランで食べてもらうほうがいいと思うからだ。
(私のお弁当は、冷凍食品が主だし……せいぜいウインナーを焼く程度のものだもの)
 今日はレンジでチンするミートボールでも入れていこうか……などと、由眞は考えていた。


「え、由眞ちゃんせっかく自分用のお弁当作っているのに、赤坂さんには持たせてないの?」
 佐野が驚いたように言う。
「だって、こんなお弁当より、食堂とかレストランで好きなもの食べたほうが、よくないですか?」
 由眞は佐野に、自分のお弁当の中身を見せた。
「うーん……それは、好き好きだと思うけど、お弁当作っているとき、ついでに自分のも作って欲しいとか言われないの?」
「赤坂さんが出勤後に、お弁当を作ってますから」
「え……そうまでして赤坂さんのお弁当作りたくないの?」
「作りたくないんじゃなくて……なんか、こんなお弁当じゃ申し訳ないんで」
「申し訳ないって……」
「せめて有名ブロガーさんが作るみたいな、キャラ弁が作れるくらいにならないと……」
 由眞の言葉に、佐野が箸を落としそうになった。
「え……っと、冗談、よね?」
「本気ですけど?」
「赤坂さんがキャラ弁……」
「……お弁当って、開けたら楽しくなるような感じがよくないですか? 私は子供の頃から、お弁当は自分で作っていたんで、キャラ弁の同級生が羨ましかったんですよね」
「……そういう理由ね。でも、赤坂さんも皆でお昼食べるだろうから、キャラ弁だとからかわれそうね」
 佐野の言葉で、由眞はハッとした。
「そ、そうですよね……隊長とご飯食べているみたいだから……ありがとうございます佐野さん、赤坂さんに恥をかかせるところでした」
「まぁでも、本人に聞いてみたら?」
「いいえ、赤坂さん、断りベタなので、こんなお弁当でも我慢して食べてくれると思うんです。それはやっぱり、申し訳ないです」
(あらあら……我慢して食べてくれるって、ノロケかな? でもワケアリでここに来たばかりの頃はどこか影があったけど、今は楽しそうで、本当、良かったわ)
 佐野は由眞を見ながら、そんなことを考えていた。
「ねぇ、結婚生活とフルタイム勤務の両立って大変じゃない? あと、お休みの日は基地のレストランで働いているんでしょう? こっちをパートに変えてもらってシフト制にしたら? そしたら、レストランでも多く働けるじゃない?」
「……それは、そうなんですけど……」
 由眞が一気に暗い表情になったので、佐野は慌ててフォローする。
「由眞ちゃんがいてくれる方がもちろん助かるのよ? でも、働き詰めなのが心配なのよ。赤坂さんってここの病院の本院の院長のご子息なんだし、お金には困ってないでしょう?」
「……でも、いつ離婚するか、わからないですよね」
 いつ、というか九ヶ月後だ。由眞は遠い目をした。
「新婚なのにもう離婚のことを考えてるの? あなたたちって不思議ねぇ。ラブラブにしか見えないんだけど」
 佐野が驚いたように言う。
「……ら、ラブラブなんてことはないですよっ」
 多分由眞がキャラ弁を作れるようになる頃には、離婚しているだろう。
(来年の今頃には、柊吾さんはもういない。ブルーインパルスの任務も終わって、松島からもいなくなるんだわ……)
 そんなことを考えると胸が苦しくなる。
『また、いつか会えるよ』
 彼の言葉を思い出した。
(次は、またいつか−−−−なんて、もうないわね)
 冷凍食品ばかりのお弁当が美味しくなく感じて、やっぱり柊吾にお弁当を作るのは無理だな、と由眞は思った。


「由眞ちゃんってさ、お昼はお弁当持っていっているの?」
 帰宅した柊吾がそんなことを言った。
「え? 超能力者ですか?」
「いや、洗いかごにお弁当箱があるから」
「あー……片付け忘れてました」
「ん? 僕に知られたくなかったの? あの病院ってレストランあるし、近くに食べるとこたくさんあるよね? そういうところで食べていいよ。大変でしょう? 毎日お弁当作っていくの」
「佐野さんとお昼は一緒に食べてますし、あんまり贅沢に慣れてしまうのは、よろしくないと思うので、そのお話は丁重にお断りさせていただきます」
 本当は夕飯のデリバリーも、どうかと思っているくらいだ。
 この辺のスーパー事情を知るために、お弁当の割引時間をチェックしたいと由眞は考えていた。
 ――――一日、一日の終わりが重たく感じる。次のことを考えなければいけない日が近づいてくるから。
「この際だから、言いますが……ご飯も別々に食べませんか?」
「あぁ……お腹空いて待っていられないなら、全然、先に食べてくれていいよ。朝ごはんも、作ってもらうの悪いなって思っていたし」
「朝ごはんはついでなので……よかったんですけど。夕飯が……毎日デリバリーなのは……」
「あぁ、飽きちゃった? でも夜は一人で外に出て欲しくないんだよね。暗い場所もあるし」
「えぇと……そうではなくて……贅沢に慣れたくないので、私は私で、スーパーでお弁当でも買って食べようかなと」
「ん? デリバリーとお弁当ってどう違うの?」
「スーパーのお弁当は割引があります」
「お金の心配はいらないよ、生活費を含めて全部僕が面倒を見るって言ったよね?」
「……一年……っていうか、あと九ヶ月の話ですよね。私はこの生活が終わった後のことを考えないといけないんで」
 部屋の中が静かになる。
 あぁ、ここは本当に防音が行き届いているな、などとどうでもいいことを考えて、由眞は気を紛らわせていた。
「じゃあ……ずっと、一緒にいようって言ったら、君はどうする?」
「そういう冗談はやめてください」
 由眞は柊吾の言葉をはっきりと拒絶した。
(君はどうする? なんて……)
 自分の意見を先に言わず、なんだか気持ちを弄ばれている気がしてしまった。
「柊吾さん――――最初に一年って言いましたよね」
 由眞は淡々とそう告げた。
 柊吾は息を呑んだ。
 ――――と、その時、由眞のスマートフォンからLineの着信音がした。
「……こんな時間に、誰だろ」
 着信メッセージを見ると、由眞の母、礼子からだった。
『渡米先でのお金が少し足りなくなりそうなの。柊吾さんに言って百万円ほど振り込んでもらって』
「……え」
 百万も足りないってどういうこと? と由眞は思った。
 血の気が引く思いだった。
 どこまで迷惑をかけるつもりなのだろうか。
 三千万の振込の後、結構な額を渡米用の餞別にと、柊吾が振り込んでいた筈だった。
「その……どうかした?」
「あ、あの……」
 由眞が言いにくそうにしていると、柊吾が微笑む。
「何? 言って」
「あ、の……すみません……これ……」
 口に出すのも嫌だったので、由眞はスマートフォンの画面を柊吾に見せた。
「ふぅん。百万円ね。別にそれはいいんだけど、ちょっと貸して」
 柊吾は素早く入力をして、メッセージを送信した。
「これからは、由眞ちゃんのところにお義母《かあ》さんからお金の話が来ても、一切、対応しなくていいよ」
 彼が礼子に送ったメッセージはこうだ。
『柊吾です。今後お金が必要なときは直接私のLineアカウントにメッセージしてください。今回は振り込みますが、これ以降は、なんのためにそれだけの金額が必要なのか、詳細をお知らせください。内容によっては、振込はいたしかねます。以上です』
「……うちの母がすみません……」
「お金って人を狂わせるからね。由眞ちゃんぐらいじゃないの? 何を買ってもいいって言っているのに、通常営業でいられる人は」
「だって、夫婦とはいえ、私のお金ではないですし、ましてや……契約結婚ですから。契約結婚のことを知らないとはいえ、こうも次から次へとお金を要求できる母の気がしれないです」
「それは、いいって。最初に多額のお金を渡してしまったから、それに慣れてしまったんだよ。そういう人は少なくないからね。由眞ちゃんが気にすることはないよ」
 柊吾が由眞の頭を撫でてくる。
 母のことはずっと不安要素だったが、柊吾はあっさり許してくれる。
(どうしてこの人はこんなに、優しいんだろう)
 自分が何をしても無関心か、ヒステリックだった母。
 それに対して、赤の他人である柊吾は、由眞にはどこまでも優しい。
『じゃあ……ずっと、一緒にいようって言ったら、君はどうする?』
(……本気なら、どうする? なんて聞かないで、一緒にいようって言うわよね……)
 本気で言ってくれていたなら−−−−。
 自分はなんて答えていただろうか? と由眞は思った。


 

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