宮城に到着したら、皆子が迎えに来てくれる手筈になっていた。これからは東京との往来が増えるだろうから、そのたびに皆子に迎えに来てもらうのは申し訳ない。 運転免許を取ろうかなと、由眞は思う。 (でも……あと数ヶ月のことなのよね。私が免許取れる頃には、東京都の往来は無くなっているし……) 空港のロビーに、皆子の姿がなかった。 ロビーの椅子に座り、しばらく待っていると皆子からスマートフォンにLineの着信音が鳴り『渋滞で、少し遅れる』とメッセージが入っていた。 同じ飛行機に乗っていた人たちはもういない。 少し経ってから、再びLineの着信音が鳴り、スマートフォンに視線を落とすと、皆子かと思いきや、柊吾からのメッセージだった。 『今頃、宮城空港に着いた頃かな? 皆子さんが迎えに来るそうだけど、気を付けて帰ってね』 ハートに猫で『好き』というスタンプが送られてきて、恥ずかしくなる。 この人はどうしてこうもマメに嘘をつくんだろうと、思ったりもしたが、スタンプ一つで由眞の心が温まる。 カツコツとパンプスの足音が聞こえてきて、メガネをかけた女性が、由眞の前で止まった。 「赤坂さんですか?」 「――――え? あ、は、はい」 「ご主人様が、大変なんです。すぐに来てください」 「大変ってどういうことですか?」 「松島基地につくなり、スタッフのミスで怪我をされたんです!」 「怪我? 松島って……」 さっきのメッセージはどこから送ってきていたのだろうか? 由眞が飛行機から降りたばかりで、時間差が生じたのだろうか? 彼が怪我をする前に、送られてきたものなのだろうか? 「お急ぎください、病院までの車を用意しています」 「病院ってどこですか? 親戚に連絡しないといけないので……」 「松島大学病院です」 由眞が皆子にメッセージを送ろうとしたとき、迎えにきたという女性に腕を掴まれた。 「お急ぎください。メッセージは車の中でも打てます」 「で、でも……」 由眞はふと違和感を覚えた。 メガネをかけてはいるが、この女性になんとなく見覚えがあった。 由眞は腕をひっぱられながらも、柊吾のさきほどのメッセージにスタンプを送る。『大好き』という猫のスタンプだ。 すぐさま既読がついて『僕もだよ』とメッセージと共に同じスタンプが送られてきた。 「待って、ちょっと待ってください。あなたは誰ですか?」 由眞は立ち止まり、掴まれている腕を振り払う。 それから、スマートフォンを彼女に見せる。 「柊吾さんからはたった今、メッセージの返事がありました。彼は怪我をしたなんて一言も言って−−−−」 バチンと音がなった。 それを当てられた瞬間、意識がふらつく。 小型のスタンガンだ。由眞は立っていられなくなり床に倒れた。 「っく、ふ」 動けなくなった由眞を、その女性は思いの外、力があるようで、由眞を抱え上げた。 「皆さん、大丈夫ですので、ご心配なく」 周りにいた乗客たちに、笑顔を振りまき、彼女は早足で歩いていく。 この人は自分をどうしようと言うのだろうか。 「由眞様!」 美樹の声がした。 美樹が走ってきて、こちらに追いつき、女性の前を塞いだ。 女性が振り返ると、そこにも人がいて進行方向を塞ぐ。 「……失敗、すると思っていたわ……」 小さな声でそう言うと、女性は由眞を床におろした。 「バカよ、あいつも、あたしも」 ――――見覚えあるはずだ、この人はウエディングベールを盗んだ、あのブライダルスタッフだったのだから。 由眞は私立病院に入院することになった。 「申し訳ありません、空港のロビーについてからも、ずっと由眞様を見ていたのですが。奥様に状況説明をしている間のあっと言う間の出来事で、お詫びしてもしきれません。由眞様をこんな目に遭わせてしまって」 美樹が深々と頭をさげた。 「……とんでもないわ、美樹さんがいてくれなかったら、私……あの人に連れ去られていたのよね……」 「今度は誘拐だなんて……」 「どうして、あの人が私を……身代金目的?」 赤坂家は超がつくほどお金持ちだ。 「いいえ、目的は由眞様ご自身です。黙っていろと奥様には言われていたのですが、松島大学病院の桃谷院長の息子が、由眞様を狙って、結婚式の邪魔をしたり……連れ去ろうとしたと、今回はあのブライダルスタッフだった女性も口を割りました。お金を渡されて、このようなことをしたと」 「……お金で……盗みや、人さらいを……」 由眞はため息をついた。 自分の母は合法的にお金を集める手段を知っていて、クラウドファンディングに寄付してくれる人がいたからよかったが、もしいなかったらどうだろう。 盗みや、人さらいはしないかもしれないが、詐欺まがいの何かをしたかもしれない。今だって、柊吾へのたかり方が尋常ではない。 「しばらくは、私やほかの護衛用のスタッフが、由眞様のお傍におりますから、今日は安心して眠ってくださいね。それから、柊吾様にはこのことをまだお知らせしておりません……ですので……」 「そうね、心配させても、ここには来られないものね。ブルーインパルスが入間にいるから……」 そう。だから余計にあの女性の言葉がひっかかったのだ。 松島基地にブルーインパルスが帰還しないから、午後もファンサービスがあったのだから。 「申し訳ありません。柊吾様がいらっしゃらなくて心細いかと思いますが」 「……大丈夫よ。下手に知らせて、無茶をさせてもいけないもの」 ――――何故彼が無茶をすると自惚れたのだろう? なんだか美樹の喋り方につられてしまったのだろうか。 (心配、させちゃうのかな……) Lineの着信があり、それは舞子からだった。 『身体は大丈夫? 美樹がうまいことやれなくて申し訳ないわ。あなたに怪我させてしまうなんて、本当にごめんなさい。こんなことなら、最初から美樹に自宅まで送らせるんだったわ』 舞子が後悔していることが、痛いほど伝わってくる文面だった。 『ご心配おかけして申し訳ありませんでした。美樹さんのお陰で何事もなく済みました。私は大丈夫ですので』 すぐさま舞子から返事がくる。 『今度という今度は桃谷を許しません。きっちり償ってもらうから、由眞ちゃんは心配しないでね。もうこんなこと二度とさせないわ』 『ありがとうございます。お母様』 バカよ、とあの協力者の女性の言葉を思い出した。 (本当にバカな人……私なんかのために人生を棒に振るなんて) 順風満帆に医者になり、院長の息子ということで好き放題してきただろうに。 「……疲れちゃったわ、少し眠ってもいいかしら」 「ゆっくりお休みください、私達はドアの向こうにおりますので」 「ありがとう……美樹さんもお疲れなのに……ごめんなさい」 由眞が言うと、美樹は微笑んだ。 「私は大丈夫です」 美樹が出ていくと、部屋の中が静かになる。 特別室を用意してくれたようだった。自分には勿体ないくらいの広い病室だった。 松島大学病院に運ばれなかった時点で、由眞にはどういうことかわかっていた。 結婚に反対している人がいる−−−−は、あながち間違いではなかった。まさか、桃谷にここまで執着されているとは思っていなかったけれども。 由眞が眠りにつく頃、二度ほどメッセージがあった。 遅れて空港のロビーにやってきた皆子に、美樹が状況説明をしたものの、美樹は由眞にしたような"口止め"をし忘れていた。 一件は祖母、もう一件は柊吾からだった。
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