☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「ん……あ、の……来月、柊吾さんの誕生日ですよね? 何か欲しい物ってあったりしますか?」 由眞は退院して、ふたりの家に戻ってきていた。 さっそく有言実行でベッドに由眞は押し倒されたが、お風呂に入りたいと抵抗したら何故か一緒に入ることになってしまった。 電気をつけずにバスタブに浸かっているから、浴室内は薄暗い。 「僕の誕生日、よくわかったね?」 「お母様に……聞いたので」 「なるほどね、欲しいものねぇ……ひとつしかないけど」 「なんですか? あまり高価なものだと困ってしまうんですが……」 柊吾から出してもらっている生活費ではなく、自分の給料で買おうと思っているのでハイブランドの物をいわれるとつらい。 「僕が欲しいのは、由眞だけだよ」 チュっと首筋にキスをされる。 ふたりでバスタブに浸かっているから、柊吾が動くとパシャンとお湯が跳ねる。 「そ、それ……本気だったら嬉しいですけど、でも誕生日プレゼントとは違うような……」 「……ね、由眞……ここでしよう?」 「嘘ですよね? や、待ってください」 「だめ?」 くいっと引き寄せられて、何かがあてがわれる。 どうやら彼は本気のようだった。 「由眞が本気で嫌ならしないよ……どうする?」 彼はいつも嫌ならしない、と言ってくれる。 (じゃあ、本気で別れたくないって言ったら……傍にいさせてもらえるのかな) 好きでいてくれなくてもいいから、傍にいさせて欲しい。 二度と会えなくなるのは、もう嫌だった。 「……い、いい……です」 「僕が欲しいって言って?」 「……っ、しゅ、柊吾さんが、欲しい、です」 「うん……僕も、由眞が欲しい」 (……あ、駄目、泣きそう) 欲しがられている嬉しさから、涙が溢れた。 彼に気付かれないように、と思ってもすすり泣いてしまって気付かれる。 「泣いているの? やっぱり嫌だった?」 身体を離そうとする柊吾の身体に、由眞はしがみついた。 「嫌じゃないです……逆で……う、嬉しくて」 「嬉しい?」 「柊吾さんが、私を、欲しいって言ってくれるから……」 柊吾がふふっと笑った。 「欲しいよ。由眞が欲しい、君以外、欲しい物なんてこの世にはないよ」 「ブルーインパルス……は?」 こういうところが可愛くないと、すぐ由眞は思ったが、柊吾が笑う。 「シロツメクサの花冠をくれた女の子が、ブルーインパルスが大好きだって言うから、僕は医者の道に進まずに、パイロットになったんだよ? それも忘れちゃった?」 「わたし、のせい?」 「こういうのは、君のおかげって言うんだよ。僕は医者になりたかったわけじゃないし、自分の歩むべき道を、君が教えてくれた」 「……私……が」 「自分で言うのもなんだけど、僕はめちゃくちゃ頑張ったよ。心が折れそうなときも何度もあったけど、その度に君を思い出して、乗り越えてきた。ブルーインパルスのパイロットになれば、いつか由眞に逢えると思っていたから。松島の基地でお爺さんがレストランを経営しているって言っていたからね」 「……私、そんなことまで喋っていたの?」 「そうだよ――――でも、なかなか会えなかったけどね」 柊吾は由眞を抱きしめる。 「偉いねって褒めて」 「……偉いっていうか、凄いです……」 由眞はそっと彼の頭を撫でた。 「柊吾さんは……凄いです……」 自分は二度と会えないと諦めたのに、彼は会えると信じていた。会うために、行動をしていた。 「……僕はあの時から、君だけだよ」 「柊吾さん……?」 由眞は考える。あの時から、自分だけだというのはいったいどういう意味なのだろうか? と。 由眞はあのときは小学校一年生だったし、柊吾は小学校六年生だったはず。 (再会するのが最終目標……っていうのとも違うような感じだけど) 恋愛には勿論、愛情にも疎い由眞には、柊吾の愛の告白は伝わりきらなかった。 そして、柊吾がこのときはっきりと契約結婚の解消を言わなかったため、後に騒動が起きるのだった。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ――――桃谷が由眞を拉致しようとした一件で、桃谷院長はその座を追われ、桃谷自身も由眞の事件や、他の看護師や女性数名に対するセクハラやパワハラなどで訴えられていた。 桃谷の一件があり、由眞は柊吾からの強い希望で松島大学病院を辞めて、今は祖母のレストランだけで働いている。 雪がチラホラと降り始める季節。 町はイルミネーションが綺麗に飾られていた。 今日は柊吾の誕生日だった。 彼のリクエストで、夕飯は由眞が作ったハンバーグになった。 この日のために、由眞の祖母にハンバーグの作り方を教わり、ふたりで初めて食べた食事のタンシチューの作り方も教わった。 (……ハンバーグをデミグラスソースにしちゃうと、味が被っちゃうわね。さっぱりと大根おろしの和風ソースにしようかな) 由眞も徐々に料理の作れる品数が増えて、最近では夕飯は由眞が手作りすることが多くなっていた。 柊吾は相変わらず無理をしなくていいと言ってくれるが、自分が作ったものを彼が美味しいと言って食べてくれるのが嬉しかった。 ただ最近困っているのは、自分の食欲が落ちていることだった。 レストランのホールの手伝いをしているときも、家で料理を作っているときも、食べ物の匂いがすると、吐き気を覚えていた。 (困るのは味見なのよね……柊吾さんは不味くても美味しいって言いそうだし) 時計を見ると、そろそろ柊吾が帰宅する時間になっていた。 (ケーキを取りに行かないと) 以前、柊吾が由眞の誕生日に買ってくれたケーキ屋で、由眞も誕生日ケーキを注文していた。 あのときは猫のマジパンが乗っていたが、今回はブルーインパルス五番機のマジパンを作ってもらっていた。 ケーキを手に持ち、ケーキ屋近くにある大きなクリスマスツリーに目を引かれ、しばらく眺めていると、後ろから声をかけられた。 「由眞ちゃんじゃない? 久しぶり! 元気にしてた?」 佐野だった。今日はシフト休みらしく、彼女もケーキ屋にケーキを買いに来ていた。 「急に辞めちゃうからびっくりしちゃった。アイツのせいよね、あのバカ息子」 「ごめんなさい、佐野さんにはお世話になったのに挨拶も出来なくて」 「ううん、それはいいのよ。由眞ちゃんが元気ならそれで。あ、そうそう、もし嫌じゃなかったら、Line交換しない? 私、すっごく後悔しちゃって……毎日顔合わすからいいやって思ってたんだけど、突然会えなくなるなんて思ってなかったから。変な話、私、由眞ちゃんのこと妹のように思ってたのよ」 「凄く……嬉しいです」 佐野との昼休みのひとときは本当に楽しかった。 由眞も連絡手段がなくて、寂しく思っていたところだった。 Lineの交換をして、佐野が言う。 「元気そうにも見えるけど、顔色があんまりよくないようにも見えるのよね。体調大丈夫?」 「それが……最近、食欲がなくて」 「胃でも悪くした? 病院には行った?」 「……まだなの。ちょっと吐き気がするだけだから、そのうち治るかなって」 「ふぅん。由眞ちゃんのところってラブラブみたいだから、それってもしかしておめでたってやつじゃないわよね?」 「……おめでた?」 「あ、妊娠ってこと」 「え、妊娠?」 避妊は毎回しているように思えたが、由眞はふと、思いつく。 由眞の誕生日の夜、ずっと抱き合って眠った。 (あのとき……?) 由眞が考え込んでいる様子だったので、佐野から声をかける。 「調べてみたら? なんならそこのドラッグストアで検査薬買ってきてあげるわよ?」 「あ、あの……お願いしても……いいですか?」 「いいわよ。待ってて」 もし、妊娠していたらどうしよう−−−−と、由眞は思っていた。 (契約結婚、やめようって……柊吾さんに言われてない……) 改めて聞くのも怖い気がした。 あの、夢のせいだ。 背中を向けて、呼びかけても振り返りもせずに−−−−。 佐野に妊娠検査薬を買ってきてもらい、彼女は「クリスマスプレゼントよ」と笑っていたのは、由眞と柊吾の関係が契約結婚だと知らないからだろう。 由眞の身体を気遣い、車で家まで送ってくれた。 「じゃあね、由眞ちゃん。いい結果だと良いわね」 佐野はそんなことを言って、去っていった。
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