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契約結婚 一年後には捕まえます! Dolphin Riderとの激らぶ婚 5-5


 マンションの駐車場を見ると、柊吾の車が停まっていて、由眞は急いで家に帰る。
「ちょっと待っててくれたら、一緒に買いに行ったのに、寒かっただろう?」
 柊吾はごく当たり前のように由眞を抱き締める。
(……抱き締めてくれるのも……最初からだし……)
 彼に心境の変化があったのかどうか、由眞にはわからなかった。
「あ、そうそう、おめでとう、弘貴くんの手術、成功したんだってね」
「え?」
「ん?」
 由眞には弘貴のドナーが見つかったことも、手術をしたことも、母親から連絡はなかった。
 最近まったく連絡がないとは思っていた。
 それはそれで気が楽だったのだが、弘貴のことすら連絡してこなかった。
(私って、家族……じゃないの?)
 お金をせっせと運んでくる、ただの人。それが母の認識だったのだろうか。
「まさか、知らなかったの?」
 コクリと由眞が頷くと、柊吾が再び抱き締めてきた。
 変な空気になりかけていたので、由眞は明るく微笑んだ。
「ハンバーグ、作りましたよ。温めるんで、ちょっと待っててください」
「う、うん」
「……コート、脱いできますね」
 由眞は着替えるふりをして、自室に向かい、ショルダーバッグから妊娠検査薬を取り出した。
 そっとトイレに入り、検査薬を使う。
 ――――結果は陽性だった。
(……私のお腹に……柊吾さんとの赤ちゃんが……?)
 どうしようと一瞬不安にもなったが、喜びも深かった。
 自分の家族になる子が、お腹にいると思うと、愛おしく思えた。
(……柊吾さんには、なんて言おう)
 検査薬は処分して、ノロノロとリビングに向かう。すると、柊吾は立ったまま、由眞を待っていた。
「遅かったから心配したよ。具合でも悪いの?」
「……あ、の、心配かけてごめんなさい。大丈夫です」
「でも、顔色が−−−−」
「大丈夫で〜す! 見てください、私なりにお部屋をバースディ仕様にしてみました」
 由眞は明るい声で言うと、さっと壁を指した。
 HAPPY BIRTHDAYとアルファベットバルーンで飾り付けがしてある。
「あと、ろうそくもらう時、困ってしまったんですけど、柊吾さんは私の五歳年上と仮定して三十四歳ってことで、良かったでしょうか? 一応、三と五のろうそくも買ってきたんですけど」
「年齢って言ってなかったっけ……三十四歳であっているよ」
「良かった。座って待っててください。今準備しますから」
「僕も手伝うよ」
 キッチンに入った由眞に続いて、柊吾も着いてきた。
「あ、シチューもあるんだね」
「お婆ちゃん特製のタンシチューですよ。柊吾さん、お好きでしたよね」
「うん、嬉しいな」
「温まったらお皿に盛ってください。私はハンバーグの準備をしますね」
「うん」
 柊吾は嬉しそうに微笑んでいる。
 そんな彼を見ていると、由眞の心が温かくなる。
「あれ、ハンバーグ一人分だけ?」
「すみません、せっかくの柊吾さんのリクエストだったんですけど、どうしても食べられそうにもなくて……私はイチゴをいただこうかと」
「最近、偏食気味だよね? やっぱり体調がよくないんじゃないのか?」
「ちょっとだけ胃の調子が悪いだけです。効きそうな市販薬飲んでいるんで大丈夫ですよ。さぁ、出来た」
 由眞はハンバーグをプチトマトやブロッコリーで盛り付けをして、キッチンから出た。
「タンシチューはどうする?」
「あ……タンシチューも、今夜はやめておきます」
「……なんか申し訳ないな。由眞ちゃんの食べられないものを作ってもらって」
「気にしないでください。柊吾さんが食べる料理を作るの、好きなんですよ」
 由眞はケーキの箱を開けて、3と4のろうそくを慎重に刺す。
「可愛いな、ブルーインパルスだね」
「ちゃんと五番機ですよ」
「写真、撮ろう」
 柊吾は自分のスマートフォンで、ケーキを前に由眞の肩を抱いて自撮りをした。
「どうかな?」
「素敵に撮れてます」
 由眞は撮った画像を見ながら、柊吾はやっぱり格好いいと思っていた。
「どうかした?」
 思わず見惚れていると、柊吾が顔を覗き込んできた。
(ひぃっ)
「え、何? 久しぶりにその表情、ひぃって思ったでしょう?」
 鋭く突っ込まれた。
「だ、だって、顔が近い……」
「再会してから半年以上は経っているんだから、慣れて欲しいな」
「お母様を恨みます……」
 彼はふふっと笑った。
「なんでだよ」
「あの美貌をしっかり、遺伝させたことに」
 願わくは、お腹の子供にも遺伝して欲しい、と思うと切なくなった。もし、自分に似てしまったら、愛されない子になってしまうのだろうか。
「母は美人らしいな。毎日見ていたから、僕にはわからないけど、僕は由眞ちゃんのほうが美人だと思うよ、色白だし」
「なっ、何を言うんですか。お母様のほうが美人です! 火、つけますよ」
 火をつけようとするが、ガスが切れているのか、ライターに火が着かない。
「あ、あれ……この前は着いたのに」
「この前って?」
「私の誕生日です」
「……四ヶ月は前の話だよね……マッチならあるかな」
 彼はクローゼットの中から非常袋を出してきて、その中からマッチを取り出す。
 柊吾がそのまま着けようとするから、由眞が止める。
「誕生日の人が自ら着けるって、おかしくないですか」
「じゃあ、由眞ちゃん、マッチ着けられるの?」
「……えっと……百円ショップ……行ってきます」
「由眞ちゃんって不思議なこだわり方をするよね」
「……こういうのに慣れてないだけです」
 彼女の言葉を聞いて、柊吾が口元を押さえてフフッと笑った。
「なんで笑うんですか」
「……いや、気持ち悪がられそうだから言わない」
「言わないと、ハンバーグ取り上げますよ」
「それは困るな」
 艶っぽい目つきで彼が由眞を見る。柊吾のそういった表情に彼女は弱い。胸の鼓動が早くなっていって、壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「由眞ちゃんの初めての体験時に、僕が傍にいるのが嬉しいっていう感じ」
「気持ち悪いっていうか、恥ずかしいです……」
 彼女が言っているそばから、柊吾はマッチを擦って、ろうそくに火を着ける。
「ああああ!」
「いい加減、話が長くなりそうだったから。由眞ちゃん、電気を消して」
「もう」
 由眞が部屋の明かりを消す。
 ろうそくの火が幻想的にゆらゆらと揺れていた。
「……ろうそくの火って、綺麗ですよね」
「アロマキャンドルとか、由眞ちゃんは好きそうだよね」
「そうですね、でも匂いのあるものはあまり……この部屋は、いつでも柊吾さんの匂いがする部屋であって欲しいです」
「今は、由眞ちゃんの匂いもするよ」
「そうですか?」
「うん、いい匂い」
「あ、の……ろうそくの火、消えちゃいますよ」
「うん、なんだか勿体なくてね。由眞ちゃんが買ってきてくれたものだから……4なのかな、3なのかな、5なのかなって、悩んでいる姿が目に浮かんで……可愛いなぁって」
 彼は右手で頬杖をつきながら、ろうそくの火を眺めていた。
「……だって、私、ほとんど柊吾さんのことを知らないから。最初に名乗られたきり、自分のこと喋ってくれないし。第四航空団所属、第十一飛行隊一等空尉っていうのと、タンシチューが好き……」
「名乗った後、凄い速さで逃げられたけどね」
 ふっと彼が息を吹きかけて、ろうそくの火を消した。
 部屋の明かりを着けるため、由眞が立ち上がろうとしたとき、手を握られた。
「柊吾さん?」
「由眞ちゃん、キスして」
「う、うん……」
 そっと彼の頬に手を添えて、由眞は短いキスをした。
「……お誕生日、おめでとう……柊吾さん……」
「うん、ありがとう、由眞」
 由眞は柊吾に身体を掴まれて、彼の膝の上に座る格好になった。その後、長めのキス。自分からは短いキスしか出来ないけれど、彼からの長めのキスは嫌いじゃなかった。
 絡み合う舌の感触も、それが柊吾の舌なのかと思ってしまえば、胸がドキドキして息があがる。
「ん……ふ、柊吾……さ……ご飯……」
「うん……」
「話……聞いてないですよね……」
「由眞が可愛いから、我慢できなくなった」
 薄暗い部屋の中、短いキスの音が響く。柊吾は由眞の唇以外の場所にもキスをする。頬、首筋、胸−−−−。
「……由眞」
 手を握り合えば、硬い金属の感触がする。それが結婚指輪だと気づけば、由眞は安心する。
 自分はまだ柊吾の奥さんなんだと、思えたから。
 


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