マンションの駐車場を見ると、柊吾の車が停まっていて、由眞は急いで家に帰る。 「ちょっと待っててくれたら、一緒に買いに行ったのに、寒かっただろう?」 柊吾はごく当たり前のように由眞を抱き締める。 (……抱き締めてくれるのも……最初からだし……) 彼に心境の変化があったのかどうか、由眞にはわからなかった。 「あ、そうそう、おめでとう、弘貴くんの手術、成功したんだってね」 「え?」 「ん?」 由眞には弘貴のドナーが見つかったことも、手術をしたことも、母親から連絡はなかった。 最近まったく連絡がないとは思っていた。 それはそれで気が楽だったのだが、弘貴のことすら連絡してこなかった。 (私って、家族……じゃないの?) お金をせっせと運んでくる、ただの人。それが母の認識だったのだろうか。 「まさか、知らなかったの?」 コクリと由眞が頷くと、柊吾が再び抱き締めてきた。 変な空気になりかけていたので、由眞は明るく微笑んだ。 「ハンバーグ、作りましたよ。温めるんで、ちょっと待っててください」 「う、うん」 「……コート、脱いできますね」 由眞は着替えるふりをして、自室に向かい、ショルダーバッグから妊娠検査薬を取り出した。 そっとトイレに入り、検査薬を使う。 ――――結果は陽性だった。 (……私のお腹に……柊吾さんとの赤ちゃんが……?) どうしようと一瞬不安にもなったが、喜びも深かった。 自分の家族になる子が、お腹にいると思うと、愛おしく思えた。 (……柊吾さんには、なんて言おう) 検査薬は処分して、ノロノロとリビングに向かう。すると、柊吾は立ったまま、由眞を待っていた。 「遅かったから心配したよ。具合でも悪いの?」 「……あ、の、心配かけてごめんなさい。大丈夫です」 「でも、顔色が−−−−」 「大丈夫で〜す! 見てください、私なりにお部屋をバースディ仕様にしてみました」 由眞は明るい声で言うと、さっと壁を指した。 HAPPY BIRTHDAYとアルファベットバルーンで飾り付けがしてある。 「あと、ろうそくもらう時、困ってしまったんですけど、柊吾さんは私の五歳年上と仮定して三十四歳ってことで、良かったでしょうか? 一応、三と五のろうそくも買ってきたんですけど」 「年齢って言ってなかったっけ……三十四歳であっているよ」 「良かった。座って待っててください。今準備しますから」 「僕も手伝うよ」 キッチンに入った由眞に続いて、柊吾も着いてきた。 「あ、シチューもあるんだね」 「お婆ちゃん特製のタンシチューですよ。柊吾さん、お好きでしたよね」 「うん、嬉しいな」 「温まったらお皿に盛ってください。私はハンバーグの準備をしますね」 「うん」 柊吾は嬉しそうに微笑んでいる。 そんな彼を見ていると、由眞の心が温かくなる。 「あれ、ハンバーグ一人分だけ?」 「すみません、せっかくの柊吾さんのリクエストだったんですけど、どうしても食べられそうにもなくて……私はイチゴをいただこうかと」 「最近、偏食気味だよね? やっぱり体調がよくないんじゃないのか?」 「ちょっとだけ胃の調子が悪いだけです。効きそうな市販薬飲んでいるんで大丈夫ですよ。さぁ、出来た」 由眞はハンバーグをプチトマトやブロッコリーで盛り付けをして、キッチンから出た。 「タンシチューはどうする?」 「あ……タンシチューも、今夜はやめておきます」 「……なんか申し訳ないな。由眞ちゃんの食べられないものを作ってもらって」 「気にしないでください。柊吾さんが食べる料理を作るの、好きなんですよ」 由眞はケーキの箱を開けて、3と4のろうそくを慎重に刺す。 「可愛いな、ブルーインパルスだね」 「ちゃんと五番機ですよ」 「写真、撮ろう」 柊吾は自分のスマートフォンで、ケーキを前に由眞の肩を抱いて自撮りをした。 「どうかな?」 「素敵に撮れてます」 由眞は撮った画像を見ながら、柊吾はやっぱり格好いいと思っていた。 「どうかした?」 思わず見惚れていると、柊吾が顔を覗き込んできた。 (ひぃっ) 「え、何? 久しぶりにその表情、ひぃって思ったでしょう?」 鋭く突っ込まれた。 「だ、だって、顔が近い……」 「再会してから半年以上は経っているんだから、慣れて欲しいな」 「お母様を恨みます……」 彼はふふっと笑った。 「なんでだよ」 「あの美貌をしっかり、遺伝させたことに」 願わくは、お腹の子供にも遺伝して欲しい、と思うと切なくなった。もし、自分に似てしまったら、愛されない子になってしまうのだろうか。 「母は美人らしいな。毎日見ていたから、僕にはわからないけど、僕は由眞ちゃんのほうが美人だと思うよ、色白だし」 「なっ、何を言うんですか。お母様のほうが美人です! 火、つけますよ」 火をつけようとするが、ガスが切れているのか、ライターに火が着かない。 「あ、あれ……この前は着いたのに」 「この前って?」 「私の誕生日です」 「……四ヶ月は前の話だよね……マッチならあるかな」 彼はクローゼットの中から非常袋を出してきて、その中からマッチを取り出す。 柊吾がそのまま着けようとするから、由眞が止める。 「誕生日の人が自ら着けるって、おかしくないですか」 「じゃあ、由眞ちゃん、マッチ着けられるの?」 「……えっと……百円ショップ……行ってきます」 「由眞ちゃんって不思議なこだわり方をするよね」 「……こういうのに慣れてないだけです」 彼女の言葉を聞いて、柊吾が口元を押さえてフフッと笑った。 「なんで笑うんですか」 「……いや、気持ち悪がられそうだから言わない」 「言わないと、ハンバーグ取り上げますよ」 「それは困るな」 艶っぽい目つきで彼が由眞を見る。柊吾のそういった表情に彼女は弱い。胸の鼓動が早くなっていって、壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。 「由眞ちゃんの初めての体験時に、僕が傍にいるのが嬉しいっていう感じ」 「気持ち悪いっていうか、恥ずかしいです……」 彼女が言っているそばから、柊吾はマッチを擦って、ろうそくに火を着ける。 「ああああ!」 「いい加減、話が長くなりそうだったから。由眞ちゃん、電気を消して」 「もう」 由眞が部屋の明かりを消す。 ろうそくの火が幻想的にゆらゆらと揺れていた。 「……ろうそくの火って、綺麗ですよね」 「アロマキャンドルとか、由眞ちゃんは好きそうだよね」 「そうですね、でも匂いのあるものはあまり……この部屋は、いつでも柊吾さんの匂いがする部屋であって欲しいです」 「今は、由眞ちゃんの匂いもするよ」 「そうですか?」 「うん、いい匂い」 「あ、の……ろうそくの火、消えちゃいますよ」 「うん、なんだか勿体なくてね。由眞ちゃんが買ってきてくれたものだから……4なのかな、3なのかな、5なのかなって、悩んでいる姿が目に浮かんで……可愛いなぁって」 彼は右手で頬杖をつきながら、ろうそくの火を眺めていた。 「……だって、私、ほとんど柊吾さんのことを知らないから。最初に名乗られたきり、自分のこと喋ってくれないし。第四航空団所属、第十一飛行隊一等空尉っていうのと、タンシチューが好き……」 「名乗った後、凄い速さで逃げられたけどね」 ふっと彼が息を吹きかけて、ろうそくの火を消した。 部屋の明かりを着けるため、由眞が立ち上がろうとしたとき、手を握られた。 「柊吾さん?」 「由眞ちゃん、キスして」 「う、うん……」 そっと彼の頬に手を添えて、由眞は短いキスをした。 「……お誕生日、おめでとう……柊吾さん……」 「うん、ありがとう、由眞」 由眞は柊吾に身体を掴まれて、彼の膝の上に座る格好になった。その後、長めのキス。自分からは短いキスしか出来ないけれど、彼からの長めのキスは嫌いじゃなかった。 絡み合う舌の感触も、それが柊吾の舌なのかと思ってしまえば、胸がドキドキして息があがる。 「ん……ふ、柊吾……さ……ご飯……」 「うん……」 「話……聞いてないですよね……」 「由眞が可愛いから、我慢できなくなった」 薄暗い部屋の中、短いキスの音が響く。柊吾は由眞の唇以外の場所にもキスをする。頬、首筋、胸−−−−。 「……由眞」 手を握り合えば、硬い金属の感触がする。それが結婚指輪だと気づけば、由眞は安心する。 自分はまだ柊吾の奥さんなんだと、思えたから。
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