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恋にならない ACT.12


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 雨が降ればいいのに。
  
  雨の日だけは彼は私のものだから。
  
  
  曇りのない空を見上げながら、みなみは溜息をついた。
  
  
  どんなふうに彼女が命じてみても、好きという言葉が彼の中で溶けて恋にな
どならない。
 最初に“契約”してしまった段階で、恋を諦めてしまったのかもしれない。
  それでもあのときは、刹那的なものであっても彼を手に入れることが出来る
のならと確かに思った筈だったのに、今は最初の契約を悔やんでいる。  

 好きでいてはいけないと、言われてしまっているような気がして。
  
  ひとりぼっちの休日。
  マグカップに淹れた紅茶がすっかりぬるくなってしまった。
  
  淹れ直そうかと考えたとき、玄関のチャイムが鳴った。
  
「はい」
『俺です』

 絢樹の声に心臓が跳ねた。
  今日、彼は仕事の筈だった。
  壁に掛けてある時計を見上げると、夕方を過ぎていて彼の仕事が終わってい
てもおかしくない時間であることに気付かされる。
『みなみさん、開けて下さい』
 ぼんやりしている彼女を催促するように絢樹が声を上げた。
  インターフォンの子機を壁に掛けてから玄関の扉を開ける。
「どうしたの? 急に」
「……急に来たら都合の悪いことでもあるんですか」
「驚くでしょう」
「中に入れてよ」
「……今日は雨の日じゃないでしょ」
 追い返したいわけではなく、寧ろ彼の訪問を喜んでいる筈だったのにみなみ
はそんな言い方をしてしまう。
「誰かいるの?」
「誰もいないわよ」
「じゃあ、入れてよ」
 引く気配がない彼に、みなみは扉を大きく開いて絢樹を招き入れた。
「……紅茶でも、飲……」
 言いかけたみなみの身体が壁に強い力で押さえつけられた。
  驚いて見上げると、絢樹がじっと彼女を見下ろしてくる。
「あなたを誰にも渡さない」
「え??」
 彼女が何かを言う前に、唇が彼の唇によって塞がれてしまう。
  驚きのあまり藻掻いても強い力で動きを封じられて身動きがとれなくなった。
「あ、絢樹?」
「渡さないですよ、みなみさん」
「何を言ってるの?」
「あなた、あの常連の男に言い寄られたんですってね?」
「え?」
「とぼけないで下さい、昼の時間を少し過ぎたぐらいにいつも来るスーツの男
ですよ」
「あ……ど、どうして、それを」
「あなたが今日はいないのかって聞かれました。不審に思って昨日シフト入っ
てた青木にそれとなく聞いたら、あの男があなたに名刺を渡していたと聞きま
した。本当ですか?」
「……それは、本当だけど」
「その名刺はまだ持っているの?」
「鞄の中に……」
「何故捨てないの」
「そ、それは……って言うか、私がどうしようと私の勝手でしょう? 何故絢
樹に口出しされなければいけないの」
 彼女の言葉に絢樹は薄く微笑んだ。
「ええ、何をしようとあなたの勝手。だけど、俺がそんなのは嫌なんですよ、
みなみさん。あなたの腕が他の男を抱くのも、あなたが他の男の腕に抱かれる
のも、どちらも到底我慢出来ない」
「束縛する自由まで与えたつもりはないけど?」
 自分の気持ちに素直になってしまえればいいのにつまらない意地をはってし
まう。
 他の男に言い寄られた事実を知った絢樹が家に来てくれたことも、こうやっ
て彼がまるで妬いているような台詞を言うのも本当は心躍るほど嬉しい筈なの
に。
「あなたが誰かのものになるのを黙って見ていなければいけないぐらいなら、
俺はもうペットでなんかいられない」
 みなみの身体が床に倒され、絢樹がその身体の上にのしかかってきた。
「あ、絢樹……」
「面白半分に人形に言葉を教えたことを、後悔するといいですよ」
 いつもは明るい彼の瞳からは色が消えて無表情になっていて、みなみは押さ
えつけられている力の強さも伴って恐怖に近い感情を覚えていた。




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