****** 雨に打たれて体温が奪われても、身体の奥にある熱と心に燻る火は消えない。 自分が求めている何かが掴めずに足掻いてみても、伸ばした手は空を彷徨う。 もとより自分が中身のないからっぽの人間であることは判っている。自覚は あるのに一体俺は何を求めようとしているのだろうか? 「藤君!? どうしたの、こんな所で」 ふいに声がして、顔を上げるとみなみさんが駆け寄ってきていた。 「ああ、みなみさん」 傾けられた傘。 降り続いている雨が一瞬止んだような錯覚に陥る。 もう、今更どれだけ濡れても同じことだというのに冷たい雨を遮る彼女の傘 に何故か心が揺れた。 傘を持つ手が彼女のものだからなのか。 そして、このとき初めて自分がバイト先の近くまで来ていたことに気付かさ れた。 公園のベンチに俺は腰掛けていた。 晴れている日ならともかく、こんな雨の日に傘も差さずに座っている人物は 不審者以外のなにものでもない。自虐的に大笑いしてしまいそうになって寸前 でそれを堪えた。 「風邪ひくわよ、いつからここにいるの」 彼女はトートバッグからハンドタオルを取り出して、俺の頭を拭いてくれて いる。 「……俺、ふられちゃった」 「え??」 「カノジョにふられた」 正確にはカノジョではなかったけれど、前にみなみさんにそういうふうに説 明をしていたので俺はそう言った。 「……そ、そうなんだ?」 「でも、みなみさんに会えたからいいか」 本当に俺はそう感じていた。 多分、今、一番逢いたかった人だった筈だから――――。 「いいとか、そういう問題じゃ……こんなにずぶ濡れになって」 「うん、いいの」 立ち上がる俺に尚も傘を差し掛けようとするみなみさんに手を振ってそれを 断った。 「あなたが濡れるから、要らない。じゃあね、みなみさん」 「ふ、藤君」 思いがけず、みなみさんが俺の腕を掴んだ。 「これからどうするの?」 「歩いて帰る、この状態じゃ電車には乗れないしね」 「だったら、その……うちに寄っていきなよ、乾燥機あるし服ぐらいなら乾か せるから」 「みなみさんの家?」 どんなつもりで彼女はそう言うのだろう。 あまりにも情けない俺の姿を見て、放っておけなくなったのだろうか? 俺が返事をしないままに数秒見つめ合った。 返事をしないというよりは、返事が出来なかった。 フラグが立っている。 雨というフラグが。 そのフラグが立つことによって自分が今、どういう状況になってしまってい るかは自分のことだからよく判っていた。 そしてまさにお預けをくらっての“今”、どう考えても彼女の家に行くこと が良策であるとは思えなかった。それなのにはっきりと断ることも出来ずにい るとみなみさんが俺の腕を引っ張り、無言のまま歩き始めていた。 彼女の手を振り払えと、俺の中の良心が叫んでいた。彼女を俺と同じ場所に 堕とすつもりなのかと心の中をそれが揺さぶっていた。 判っている。 だけど、俺にはその手を振り払うことが出来なかった。
>>>>>>cm:
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