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恋にならない 2-6


 みなみさんの家に着くと、彼女にシャワーを浴びるように言われる。
  変な感じだ。
  流れでは、雨でずぶ濡れになった俺がシャワーを使うことはおかしくはない
のかもしれなかったが、シャワーヘッドから出ている湯を頭からかぶりながら
俺は一体何をしているのだろうかと思っていた。
  
  心臓がどくどくと脈を打っている感じが自分でも判った。
  
  彼女との会話でどんなふうにおどけてみても、自分が目指しているものがひ
とつだけだと知っているから心の中が苦い感じがして堪らなかった。
  
  きっかけなんて、なんでも良かった。
  自分を引き留める心の声を無視して、彼女を抱きしめる。みなみさんは迷っ
ているのか困っているのかよく判らない様子で震えていた。
「俺にどうされたいですか?」
 俺の問いに明確に答えを寄越さず、ただ彼女は震えていた。みなみさんの顔
を覗き込むとその大きな瞳にはじわりと涙が滲んでいた。

 ――――望まれている筈がないのに。
  
  俺は慌てて彼女から身体を離した。
  
「ごめんなさい、俺……調子に乗ってしまった?」
 謝罪すると彼女は首を振った。
「違う……もう、どうしていいか、判らない」
「……判らないって、どういう意味?」
 俺に背を向けていた状態のみなみさんを自分のほうに向かせて俯いている彼
女に言う。
「あなたが触れるなと言うなら触れない。それぐらいの我慢は出来ますよ」
「……」
「触られたくない?」
 俺の言葉に彼女が首を振る。
「じゃあ、キスしてもいいですか?」
 それを了承するように小さく頷く彼女の頬に俺はそっと唇を寄せた。
  初めて唇で触れるみなみさんの体温は少しだけ熱っぽい感じがした。
「みなみさん、本当に可愛いですね」
「可愛いとか……ないから」
「なんで信じてくれないのかな」
 
  そこからは完全ではないもののいつもの自分のペースだった。
  
  “完全ではない”
  その感覚に俺は少しだけ乱され熱に浮かされた。
  
  どんな人と寝ても結局は同じことじゃないかと毎回感じていたものをみなみ
さんには感じられず、溺れそうになる自分を寸前で引き留める。
 
  だけど彼女に懇願している時点で、俺はいつもの俺ではなかった。
 執着してしまえばそれで終わりだと判っているのに、みなみさんには執着せ
ずにはいられずに、彼女に俺と主従関係を結ぶように望んだ。
  
  みなみさんがどう感じたかは判らなかったけれど、主従関係は強いられるこ
とがあっても自ら望むなんて今まではなかった。
  虐げられるように縛り付けられても、それは俺が望んできたことではなかっ
たのだけど、逆に彼女を自分に縛り付ける方法が今までのそれ以外には思いつ
かず“契約”をみなみさんに押しつけた。彼女がはっきりと狼狽している様子
が判っても違う言葉を俺は見つけられなかった。
  みなみさんは小さく息を吐く。
「ペットには命令とか出来るの?」
 命令の二文字に心臓が跳ねた。どんなことを要求されてもそれを受け入れる
覚悟は出来ていたが、過去の経験からかひやりとしたものが背筋を伝う感じが
した。
「……なんでも……します」
 みなみさんはしばらく俺をじっと見つめてから言う。
「じゃあ、絢樹、命令ね」
「……はい」
「……好きって言って」
「え?」
 思いもよらなかったみなみさんの言葉に弾かれたようにして顔を上げると彼
女が苦笑いをした。
「私のことをって意味じゃない、ただ、その言葉をあなたが言うところが見た
いの」
「好きです」
「うん」
 俺の言葉に綺麗に微笑む彼女を見て心の奥がひどく疼いて堪らなかった。





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