「濡れた洋服は洗ってもいい? 洗剤の匂いが駄目とかない?」 シャワーを使っている絢樹にそんなふうに声をかけると彼が笑ったような声 で返事をしてきた。 「別にないですよ」 「ん、じゃあ洗うね」 グォングォンと音がして洗濯槽が緩やかに動く様子を、みなみは少しだけ眺 めてから蓋を閉めた。 (乾かしてる間、藤君の着るものはどうしよう……) バスタオルを2枚、洗濯機の上に置いてから彼女は脱衣所から出た。 絢樹が着れそうなものといったらなんとなく購入したが着ないで置いてある バスローブぐらいしかない。 裸で居てもらうよりは良いか? と考えながら脱衣所に戻る。 「ねぇ、藤君」 「なんですか?」 バスルームの扉の前で声をかけると、彼からはすぐに返事があった。 「ごめん、藤君が着れそうな服とかなくて、私のバスローブとかでもいい?」 「いいですよ、なんでも」 「じゃあ、置いておくね」 洗濯機の上に置かれているバスタオルの上に、彼女はバスローブをそっと置 いた。 放っておけなかったとはいえ何故絢樹を家に呼んでしまったのだろう。 『カノジョにふられた』 彼のその言葉が、みなみの心で何度も繰り返され、震えそうになる心を必死 に押さえつけた。 諦めていた絢樹が今自分の手が届く場所にいる。すりガラスの扉の向こうに は彼がいるのかと思うとそれだけで胸が高まってしまう。 「みなみさん、そこにいる?」 「え? あ、うん、何?」 「うん、一緒にお風呂、入らないかなぁって思って」 「なっ、何言ってるの、ムリに決まってるでしょ」 彼女がうろたえる声を聞いて絢樹は面白そうに笑った。 「からかわないで」 「はぁい」 人懐っこい様子の彼にすっかり戻っているような気がした。 自分が心配するまでもなかったかもしれないと彼女は溜息をついた。 「お風呂、ありがとうございました」 濡れた髪をバスタオルで拭きながら、絢樹がリビングにやってきた。 「ああ、うん。飲み物、紅茶でいい?」 「なんでもいいです、みなみさんが淹れてくれるなら」 キッチンに向う彼女に付き添うようにして絢樹も移動した。 「バスローブ、女物だと小さい感じね」 みなみが言うと彼は笑った。 「んー、でも裸でいるよりはいいですよ」 「そ、そうね」 「まぁ、俺自身は裸でいたって構わないんですけどね」 「それは困るから」 「そうだろうなって思います」 くくっと彼は笑った。 「紅茶を淹れるって言っても、本格的には淹れないわよ」 お湯の入ったマグカップがふたつ。 そこにティーパックをぽちゃんと放り込んで、色がつくように2つのマグカ ップをいったりきたりさせた。 「わぁ、本当に適当なんですね」 「文句言わないの」 「文句じゃなくて見た感想を言ったんです」 彼は切れ長の瞳を人懐っこそうに細めた。 「んーっと、お砂糖はどうする?」 「いらないです」 「そう、じゃあ向こうで飲もう?」 マグカップをふたつとも持ってみなみはリビングに戻っていく。 絢樹は、やはりそれに付き添うようにしてついていった。 「藤君は夕飯はもう食べたの?」 「まだですね」 「そっか……インスタントラーメンぐらいなら作れるけど、どうする?」 「お腹は減ってないんで大丈夫です」 赤い縞模様のマグカップに口をつけて、それから彼は小さくはぁ、と溜息を ついた。 「藤君、聞いていい?」 「なんですか」 「どうしてふられたの」 「直球ですね」 ふふっと彼が笑った。 「……ごめん、聞かれたくないよね……」 「いえ、まぁ、なんて言うか……多分、しつこくしすぎたんだと思います」 「しつこい?」 「はい」 「……ふぅん」 「雨の日は特に、俺はしつこくしちゃうし」 「そうなんだ?」 「はい」 「それって雨が嫌いなのと関係してるの?」 「関係……は、してますけど、その理由は言わないですよ」 絢樹は唇に指を添えて笑った。少し指の節を噛んでいるようにも見えるその 様子が、妙に艶かしく官能的だった。 「みなみさんには嫌われたくないですから」 「この前もそれ、言ったけど、嫌ったりとかしないと思うわよ」 「そうでもない、だってそれが原因でふられるんだし。あとはまぁ単純に飽き られちゃうっていうか、そんな感じですよ」 「え? そうなの?」 「うん」 ふられてしまうぐらいの理由とはなんだろうかとみなみは考えたが見当もつ かず、余計に謎が深くなった。 知りたいと思うのに、聞いてはいけないと思うと心の中が僅かに疼いた。 好奇心なのだろうか? 「あまり、じっとみつめないで下さい」 「あ、うん、ごめん」 「こう見えても、恥ずかしいって思ってるんですよ? みなみさんの前でこう いう格好って」 「え? 恥ずかしい?」 「うん、だってあなたは普通の服装なのに俺だけバスローブって」 「もっとまともなものがあれば良かったんだけど……考えなしに呼んじゃって ごめんね」 「ううん、家に呼んでくれたことは嬉しい」 照れたように小さく笑う彼に、思わずときめいてしまう。 きゅっと胸が痛くなる感覚、そしてそこから広がる甘いもの。 それに支配されそうな感覚に震える。 「みなみさんは、私服でも可愛いですね」 「褒められると恥ずかしいから」 「うん、照れたような顔がいっそう可愛いって思っちゃいます」 「からかわないの」 みなみは堪らずに座っていたソファから立ち上がった。 「洗濯機、止まってないか見てくる」 いたたまれない。 彼女はそんな風に思った。 ふたりきりなのも、彼が自分を褒めるのも、心の中が揺れ動く感じがするか ら辛いとみなみは思う。 絢樹に何か感情を持つことも今の自分には辛いと思えた。彼はバイト先が同 じなだけの人物で、今までもそうだったしこれからもそうであって、何かが変 わる筈などないと彼女は思った。
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