「すみません、洋服に精液がかかっちゃいましたね」 床に座り込んでいるみなみを気遣うように絢樹が覗き込んだ。 「洗えばいいだけだから、大丈夫……」 彼女の様子に彼はクスッと笑った。 「腰が立たなくなるほど、俺とのセックスは良かったですか?」 「ばか……」 頬を染めるみなみの艶やかな長い髪をひと掬いして絢樹はその髪に口付けた。 「出来たら、みなみさんのベッドでもあなたを抱きたいな、だめ?」 可愛らしく誘うようにおねだりをしてくる絢樹にみなみは口元を綻ばせた。 「元気ね、絢樹は」 「だって、みなみさん、気持ちいいんだもん、俺は気持ちよくなかったですか?」 「わっ、判ってるくせに……」 「……約束……」 「え?」 「守って下さいね、嫌だから……今日だけ、とか」 愛らしい瞳に影を落とし、愁いを帯びた表情で彼はみなみにそう告げた。 「……ペット、とかって本気で言ってるの」 「俺は本気です」 恋人では駄目なのか、とみなみは思った。だけどそれは彼が望んでいないよ うな気がして口にすることさえ叶わなかった。 「雨の日は、俺を放置しないで」 「雨? ああ、嫌いな天候だから?」 「はい……雨の日は駄目なんです」 彼は小さく息を吐いてからみなみを見た。 「俺、雨の日は半端なく発情してしまうんですよ」 「え?? 発情?」 「したくてしたくて堪らなくなるんです……雨の日は」 「ああ、そうなのね。要は雨の日は性処理を出来る相手が欲しいってこと?」 感じたままの言葉をみなみは言った。 “そう”であったとしても傷付きはしない。その方が寧ろ合点がいくような 気がした。 「違います!」 だけど、思いがけず絢樹は声を荒げた。 「確かに、そう思われても仕方ないですし、実際そういうことなのかもしれな いですけど、俺はみなみさんを性処理の道具にしたいとは思ってないんです」 「え? あ、うん……」 荒げられた彼の声に、気持ちの重さが何処かにあるような気がしてみなみの 心の中が疼いた。 「だから……みなみさんにも求められないと、イヤなんです、俺を」 「……互角じゃないと、罪悪感があるから?」 「っ、俺、はっ」 みなみの言葉に絢樹はふいと余所を向いた。 「……あなた、セックスの時はあんなに可愛らしいのに、終わると意地悪なん ですね」 彼の言葉にみなみは笑った。 「だって、私があなたを求めていいのは雨の日限定なんでしょう?」 彼女の言葉をどう捉えたのか、絢樹は俯いていた顔を上げてみなみをみつめ た。 「絢樹が発情していない晴れの日は、私は我慢しなくちゃいけないんでしょ?」 「お、俺……は」 何故か正座をしている彼は、その膝の上でぎゅっと拳を握り締めていた。 「何? だってそういうことでしょう?」 「違います!」 絢樹を追い詰めるような言い方をみなみがすると彼はまた声を荒げた。 「……雨の日は絶対で、俺、我慢出来ないんです。だから他の日もとは言えな いだけです、それにいつもいつも一緒に居るのは飽きられるのも早いと思える し」 「絢樹……」 目じりをほんのり赤くさせている彼を見て、みなみは小さく息を吐いた。 「ペットには命令とか出来るの?」 彼女の言葉に、絢樹はびくりと身体を震わせ、狼狽したような様子を見せた がやがて小さく頷いた。 「……なんでも……します」 そう一言告げて絢樹はその形の良い唇をきゅっと結んだ。 彼は一体今までどんな付き合い方を女性としてきたのだろうかとみなみは少 し思った。自分もそう多くの経験があるわけではなかったけれど、俯いてみな みからの次の言葉を待っている彼の様子はおびえているようにも見えて複雑な 思いがした。 器量もよく人当たりも良い彼なのに、何故こうなってしまっているんだろう かと。 「じゃあ、絢樹、命令ね」 「……はい」 「……好きって言って」 「え?」 彼女の言葉に絢樹は驚いたように顔を上げた。 「私のことをって意味じゃない、ただ、その言葉をあなたが言うところが見た いの」 半分は本当で半分は嘘で塗り固められた台詞を彼女は吐いた。 絢樹は自分のことを多少なりとも気に入ってはいるのだろうけど、好きだと かいう恋愛感情があるとはみなみには思えなかった。 黒目がちな瞳で真っ直ぐ彼女を見据えて、絢樹は口を開いた。 「好きです」 「うん」 彼女は笑った。
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