TOP BACK NEXT

恋にならない ACT.7


「ん、じゃあ、お望み通りベッドに行こうか」
 そう言ってみなみが柔らかく微笑むと絢樹はほっとしたような表情をした。
彼は一体何を身構えていたのだろう? 昔の“飼い主”達は一体彼にどんな命
令をし、強要したのだろうか? ベッドに腰掛けてから、みなみは絢樹に言う。
「……服、脱がして欲しい」
「はい」
 彼は言われるがままに彼女の服を脱がせる。
「下着もですか?」
「……うん」
 ブラジャーのホックを絢樹はそっと外し、彼女の身体から下着を抜き取った。
 みなみは彼が着ているバスローブの紐に手を伸ばし、しゅるっとそれを解く。
 裸になった絢樹の身体を見て、美しいと感じたけれど、それ以上にお腹の辺
りに小さな火傷のような傷があってそちらに意識が向いた。
「火傷の跡?」
 薄くなっているその傷に、みなみは触れた。
「……そうです。気持ち悪いですか?」
「気持ち悪いとかはないわよ」
「そうですか、火傷の跡に気付いたのあなたが初めてですよ」
「だいぶ薄くなっているからね」
「いえ、他の人は俺のそんな些細な部分はどうでもよかっただけなんじゃない
かなって」
「……どうでもいいとか言うの禁止よ」
「え? あ、はい」
「なんで出来た傷なのって聞いてもいい?」
「……そういう趣向の人もいたので」
「“そういう”趣向って?」
「俺の身体を痛めつけることが好きな人って言えば判ります?」
 みなみは彼の言葉に思わず息を飲んだ。
「絢樹もそういうのが好きってこと?」
「え? あ、いいえ」
 よく見ると、その部分だけではなく消えずに跡が残ってしまっている傷が無
数彼の身体にはつけられていた。
「好きじゃないなら、どうしてこんなに傷をつけさせたりするの?」
「それが命令だったので」
「でも、あなたの望みは可愛がられたいってことじゃないの? こんなの全然」
「その俺の望みは、みなみさんに初めて言ったことで他の人には望んでないん
ですよ」
「……え?」
 泣きたくなった。
 絢樹の言葉が胸を抉る。
 こんなふうに望まない傷をつけられてまでも彼には“飼い主”が必要だった
のかと思うと胸が痛くて堪らない。手を伸ばし、みなみは彼の身体を抱き締め
た。
「みなみさん?」
「私、うんと優しくする、大事にする……あなたを」
 彼女の腕の中で絢樹が身体を震わせた。

 もうなんでもいいとみなみは思った。彼が望むように飼い主とペットという
名称であったとしても、自分だけは絢樹を愛したいと思えた。例えばそれが通
じない想いであったとしても、彼を他の人間に渡せないと思えた。
 仰向けになっている絢樹の上にみなみは跨り、彼の身体を受け入れる。
 たちまちわき上がってくる快感に意識が飛ばされそうになるのを彼女は堪え
た。
「……絢樹、私はひとつしかあなたに命令しない」
「……なんですか?」
「さっき命令したよね、忘れた?」
 繋がっている場所をそっと指で撫でて彼女は微笑んだ。
「……好き、です」
「うん、良い子ね……絢樹」
 ひくっと彼女の体内にある塊が震えた。
  みなみは何度も命令し、絢樹に言葉を言わせる。
 意味などない。
  ただ言わせたいだけだ。
 だけど、それが呪文の言葉で彼を洗脳出来たら良いのにとも思った。
「みなみさん」
「言って? 絢樹」
「好きです、好きだ」
 熱をもった瞳がみなみをみつめる。
 心の柔らかな場所を絢樹に握られているような感じがして彼女は胸を痛くし
ていた。
 ……それでも。
 自分の身体の下にいる男の事が愛しくて堪らないと思えた。
 役目が終わるのはそう遠くはないだろう、だけど自分の腕を絢樹が必要とし
ている限りはずっと傍に居ようとみなみは心の中で小さく誓いをたてた。

 


「朝って、嫌ですね」
 まだ暗い窓に向かって絢樹が呟いた。
「……絢樹って嫌いなものが結構多いのね」
 彼の横で寝ているみなみが言うと、絢樹は苦笑いをする。
「ああ、そうかもしれない」
「朝が嫌いってどうして? 起きたくないから?」
「……離れたくないからですよ、みなみさん」
 窓に向いていた彼の視線が彼女の元へと戻ってきた。そして名残惜しむかの
ようにみなみの頬を絢樹はそっと撫でる。
「ずっと雨の夜だったらいいのにって思います」
 彼の言葉にみなみは笑った。
「梅雨の時季だったら良かったのにね、雨の日限定なんだから」
 冗談めいて言った彼女のほうが胸に痛かった。
「……はい」
 みなみは手を伸ばし、絢樹を強く抱き締めた。
「可愛い私の、ペットちゃん……雨の日はたっぷり甘えさせてあげるから」

 望む未来が訪れなくても、今はこれでいい。腕の中に絢樹を抱えながらみな
みはいつかの未来を羨望しつつ思った。
 
 雨の日だけは彼を飼えるのだからと。
 
 そして静かに仮初めの夜が明けていった。


 TOP BACK NEXT

-・-・-Copyright (c) 2012 yuu sakuradate All rights reserved.-・-・-

>>>>>>cm:



rit.〜りたるだんど〜零司視点の物語

執着する愛のひとつのカタチ

ドSな上司×わんこOL



Designed by TENKIYA