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恋にならない ACT.8


 雨が降っていないときの絢樹は至って普通だった。
  涼しい瞳で仕事をそつなくこなし笑顔で帰って行く。
 だけど、雨の日は――――。
  
(気圧とか……そういうのが関係しているのかな)

 一見、絢樹は普通に見えた。
  以前のみなみがそう思っていたように、晴れの日と態度はそう変わらないよ
うに見える。
  態度は確かに変わってはいないのかもしれない。
  ただ、彼がみなみを見る瞳の熱っぽさだけは隠しきれない。
 そんな視線にさらされながら仕事をしていると彼女もまた、身体の疼きを強
く感じてしまう。
 淫らにゆらゆらと燃え上がるような思いに息苦しさを覚えた。
  
  恋と呼ぶには、今までしてきたどの恋愛とも違うと彼女は思っていた。
  
  あの雨の日から始まったふたりの奇妙な関係。
  回数を重ねるごとにみなみの絢樹に対する執着が深くなった。
  誰にも渡したくないと思ったのは初めての夜も同じだったけれど、今はあの
時感じた数倍以上の強さで、誰にも絢樹に触れさせたくないと思っていた。 

 従業員用の出入り口から出ると、ビニール傘を差した絢樹がみなみを待って
いる。 
「ごめん、待たせた?」
「いいえ、全然」
「夕飯でも食べて帰ろうか」
「そういう意地悪、言わないで下さい」
 傘の柄をぎゅっと握りしめながら絢樹が言う。
「だって、私はお腹すいてるのよ?」
「じゃ、じゃあ……何かお弁当でも買って帰りましょうよ」
「うーん」  
「意地悪しないで」
 みなみの身体を引きよせて、絢樹は強く彼女を抱きしめた。
「ちょっと……絢樹、人が来るからっ」
「お弁当で、いいですよね?」
「判ったわよ」
 みなみの言葉に絢樹はにっこりと微笑み、彼女を解放した。
  かなうはずがない。
  そう判っていても多少の意地悪はしたくなってしまう。
  そういう性質ではなかったはずだったが、絢樹に対してはみなみは何故かそ
う思ってしまう。

 ――――だからと言って、彼の身体を痛めつけたいというふうには思わなか
った。
  彼がS心をくすぐるような人材であったとしても、絢樹が望まないことをし
ても面白くもおかしくもない。
 彼を意のままにしたいとは思うけれど、身体的苦痛を与えたいわけではなか
った。  

  
「最近ちょっと雨の日が多いわね」
 ポットに入れてある麦茶をグラスに注ぎ入れながらみなみが言うと、絢樹は
じっと彼女を見つめた。
「……嫌なんですか?」
「なにが?」
「俺と過ごすことがですよ」
「嫌じゃないわよ」
「良かった」
 絢樹はにっこりと微笑む。
  人なつっこい笑顔。
  誰にでも愛される可能性がある絢樹。
  今は自分の傍にいるけれど、彼が別の女性を主としたいと思うようになった
らと考えてしまうと胸の中が苦しくなった。 
「みなみさん」
「なに?」
「いつもより、食べるのが遅いですよね」
 箸の進みが悪いことを絢樹に指摘される。
「わざとですか?」
「わざとって、なにが?」
「焦らされているのかって思います」
 気がつけば絢樹はとっくに食べ終わっている様子だった。
「あ、ごめん。わざとじゃない、すぐ食べるわね」
「いいですよ、わざとじゃないなら、でもその代わり」
 テーブルを挟んだ向こう側にいた絢樹が、みなみの背後に回り彼女を抱きし
めた。
「ご飯食べ終わるまで、こうさせて下さい」
「う、うん……」
 彼の頭がみなみの肩にそっと乗せられる。
  可愛らしくも愛おしい仕草に胸が痛んだ。
「……絢樹」
 あなたはいつまで、私の傍にいてくれるの?
  言いかけた言葉をみなみは麦茶と共に飲み込んだ。



  
  

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