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LOVEですかッ 2−2

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「本当は外食するつもりだったんだけどね」
 結局、あのまま星形のシフォンケーキを売っているパン屋でパンを購入し、優月は瀬那のマンションへと直行した。そのことをどこか楽しげでもあり不満げにもしている瀬那がおかしくて彼女は微笑む。
  退職のお祝いに、何か美味しいものを食べに行こうと言ってくれた瀬那の気持ちは嬉しいと思えたが、食べ物を与えられるより、今の彼女は瀬那に甘えたいという気持ちのほうが強かった。
「そもそも、退職のお祝いってなんだか変な感じだし……あそこで数ヶ月しか働いていなかったから」
「んー、じゃあ就職祝いって言えば良かったのかな?」
「就職祝い?」
「永久就職」
 くすっと彼は笑った。
  聡明そうな瞳を煌めかせ、その美貌を際立たせるように甘く微笑む瀬那の姿に否応なしに心がときめく。キャベツの皮を被った彼は外見や年齢、全てが優月の想定外の人物だった。日本で有数のホテルを経営しているという肩書きもそうで『人生経験』の名のもとに彼が様々な職を転々としていたときに優月は瀬那と出会った。
  テレアポ業務が今後の彼の人生に役立つのだろうかという疑問もわいたが。
「コミュニケーション能力を高めるために選んだ職種だったんだよ」
「コミュニケーション?」
 日頃、休憩時間はゲームばかりをしていた彼が対人スキルを身につけようとしていたとは、と少しその言葉に優月は驚かされたが、考えてみれば電話の対応は素晴らしいと彼女が思っていたぐらいでもともとその方面の能力は高い人物ではあった。ただ、極端と思えるぐらいにセンター内の人間とは喋らなかったというだけで。
「……瀬那は……」
「ん?」
 優雅な物腰で紅茶を淹れている彼を見ながら優月はぽつりと言う。
「生身の女性には興味がなかったんでしょう?」
 彼女の疑問に彼は愉快そうに笑った。
「それは今でもそうだけど」
 瀬那の言葉に、優月はどう答えを返してよいのか判らなくなってしまった。楽しそうに瞳を輝かせながら自分を見つめてくる彼の言葉の真意をはかろうとしてみても、相手が悪すぎる。
  ふとすればキャベツを巻いて中身を見せないような人物だ。
  そんな相手と駆け引き勝負をしてかなうはずがない。素早く白旗を挙げてしまわなければ状況が悪くなるのは目に見えていた。
「今も、瀬那は“嫁”のほうが好きなの?」
「そういう聞き方をしてきちゃうの? 泣かされたいんだ?」
 くくっと彼が笑った。
  白旗を挙げなければ駄目だとついさきほど思ったばかりなのに、優月は下手な手を打ってしまう。
「ご、ごめん」
「じゃあ、聞き方を変えな。おまえが言って欲しい言葉を俺から引き出せるようにね」
 瀬那はそう言いながら真っ白なカップに紅茶をこぽこぽと注ぐ。
「最初から言い直してもいい?」
「どうぞ」
「うん……あの、瀬那は生身の女性には興味がないって言っていたのに、どうして私には興味を持ったの?」
「別に興味も持ってないけど」
 また失敗したのかと優月が困ったような表情を浮かべると彼は微笑んだ。
「もっと単純に、俺はおまえが欲しいと思っただけ」
 欲しい。
  その言葉を彼が口にした瞬間眩暈がした。甘美な何かに囚われて動けなくなったような錯覚を起こされる。瀬那の言葉には中毒性のあるものが仕込まれているようで時折どうしようもなく彼に自分を求めるような発言をしてもらいたくなってしまうのだ。
  ただ、容易く口にしてくれるときとそうでないときがあって、今のように小さな傷をわざとつけてから、その傷口に甘い薬をあとから塗りつけるような作戦に出る場合もあって優月を悩ましい気持ちにさせた。
  “ロールキャベツである”と判っていれば、キャベツの中に何か入っていると意識することが出来るけれどもその意識が薄いと彼の隠れた内面に驚かされたり傷つけられたりする。
  いつだって、優月のほうは彼と駆け引きをしたいとは思っていないのに結果、そうなってしまうのだ。
「私は……瀬那が好き」
 彼女の言葉に彼はにこりと笑った。
「俺もだよ」
 優月のこめかみに短いキスをして、彼は皿いっぱいに積み上げた星形のシフォンケーキをテーブルの上に置いた。
「やっぱり、多いよね」
「そう? 余裕で喰える」
 パン屋で優月が止めたのにも関わらず結局瀬那が購入したのはありったけの星形のシフォンケーキ二十個。全部一度に平らげるのかと考えたら優月のほうが胸焼けを起こしそうだった。
  普通であれば、そうは言っても残してしまうのが人のパターンだったりするけれど、瀬那は自分が口にしたことに対しての責任を重んじるタイプの人間だったので言いだした以上は実行する。
  自分がシフォンケーキを懐かしがったばかりに……とも思ったが、彼がそれに執着してくれたことはとても嬉しかった。
  
  執着心を持つ対象は、いつでも自分であればいいと優月は思いながら今年の大晦日は年越し蕎麦は食べられそうにもないと、苦笑いもしてしまうのだった。
  
  
  

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