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優月たちを乗せた車が着いた場所は日本で有数の高級ホテルだった。 運転席に乗っていた人物が恭《うやうや》しく後部座席の扉を開け織川が降 りる。 優月も続けて車外に出た。 「せ、瀬那」 「今夜、一緒に過ごして」 織川は短くそう言って微笑む。 その言葉に優月はどきりとした。 彼に抱かれるかもしれないという予感めいた甘い胸のときめきではなく、嫌 な予感で心臓が跳ねる。 何故わざわざホテルなのか。 織川の家だって、共に過ごすには十分な広さであり外観も内装も豪奢な造り でホテルとそうは変わらない。 それなのに、彼は家に呼ばず敢えてホテルを選んだのは何故? 彼はもうあの家には住んでいないのではないかという気がした。 フロントでも、ただ鍵を受け取るだけだったので織川がチェックイン済みで あったのにも不安を煽られる。 「このホテル、高層階から見る夜景が結構綺麗なんだよ、知ってた?」 エレベーター内での織川の問いかけに優月は首を振る。 「そうか、それがここの売りなんだけどね」 彼は、ふっと小さく笑う。 「……こういう所、来たことないもの」 「ああ、そっか」 妙に彼は納得してから微笑む。 「でも、このホテルを知らない……って、ことはないよね?」 「有名だから名前ぐらいは知ってはいるけど」 「泊まってみたいな、とか、憧れはなかった?」 「え? あ、ごめん……考えたことない」 「うーん、そうか、残念だな」 「ご、ごめん」 「いいよ」 織川の手にひかれ連れて行かれた部屋は、70平米はあろうかと思われる広 い部屋だった。 配置されている家具の上質な雰囲気や飾られている花の豪華さに優月は圧倒 される。 壁際には大きなクリスマスツリーも飾られている。 部屋の大きさやその雰囲気で普通の部屋ではないということは彼女にも判っ た。 「夕飯は部屋でとれるようにしてあるから」 「あ……う、ん」 優月の気のない返事に織川は笑った。 「どうかした? 部屋が気に入らなかったとか?」 「……う、ううん」 彼女は室内を見渡してから織川に聞く。 「瀬那は、ここに泊まっているの?」 「今日は泊まるよ。俺はっていうか、優月もだけど」 「そうじゃなくて、昨日も泊まったの?」 「それ、どういう意味?」 織川は小さく笑う。 「俺が別の女を連れ込んで何かしてるとでも思っているの」 彼の言葉に、優月は慌てて首を振った。 「ち、違うの、家があるのになんでわざわざホテルに来たのかなと思って、そ れで……」 「え? ああ、クリスマスイブだからだよ?」 「理由はそれだけ?」 「それだけ……って、俺に一体何を言わせたいの?」 くくっと彼は笑った。 「優月の処女を頂くために用意した部屋ですとでも言えばいい? まぁ、それ もあながち嘘ではないけど」 彼の言葉に、優月ははじかれたように顔を上げた。 「え? あ、え??」 「え? って何。今日も俺に何もさせないつもり?」 意識が別の所にあった為失念していたことを彼につきつけられて優月は顔を 赤らめた。 白い頬が染め上がっているのを見て彼は笑う。 「今頃その反応?」 織川はソファに腰掛け、足を組んだ。 「不安そうな顔をしているから、俺はてっきりそういう意味でだと思っていた んだけど違うんだ?」 「わ、私……あの」 「優月って本当、ガードがゆるいよね」 彼は肘置きの上で頬杖をついて笑った。 「でも、今日は抱くよ」 彼が“今日”を強調して言ったように聞こえて優月はまた心に不安の影を落 とした。 「……どうして、今日じゃないと駄目なの」 「また我慢させたいんだ?」 「我慢をさせたいとかじゃ……」 「でも、今日はするよ。最後までね」 「なんで?」 「好きな女を抱きたいと思うのに、理由がいるの?」 「せ、瀬那は……本当に私が好きなの」 「好きだよ」 「黙っていなくなるくせに?」 「それは……」 「リーダーさんに聞いた、瀬那は家の都合で退社したって」 「……ああ、うん」 「どこかへ行っちゃうんでしょ?」 「え? どこかって?」 「転勤で海外に行っているご両親の所に行くんでしょ?」 優月の言葉に、織川はじっと彼女を見つめた。
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