「ああ、親が海外にって……確かに言ったな」 くくっと彼は笑った。 「ふーん、そういうことか」 一瞬真顔になるけれど、堪えきれなくなったのか織川は再び笑う。 「違う……の?」 優月が縋るような目で織川を見る。 そんな彼女の様子を見た彼は少しだけ考えるような表情を浮かべてから口を 開いた。 「いや、親に呼ばれてるから行くことになったんだよ」 その織川の言葉に優月は息を詰める。 「じゃ、じゃあ、本当にもう会えなくなっちゃうの?」 「だとしたら?」 「そんなの嫌だよ」 「嫌だと言われてもねぇ」 「……っ」 零れる涙を拭ってみても、瞬く間に溢れてきて際限がない。 「ひどいよ……最初から、全部決まっていたことなら、なんで」 「決まっていることでもそれを変えさせようとは思わないのか? 決まってい るなら仕方ないって諦められるぐらいの感情しか持っていないなら、今そのこ とに関してグズグズ言わないでよ」 「諦めたいわけじゃないよ」 「なら、どうしたいのさ」 「……どうすればいいの?」 「俺に聞くなよ」 ふっと織川は笑い、彼女を手招いた。 傍に歩み寄ってきた優月に彼は静かに言う。 「おまえは俺にどうして欲しいの?」 織川が差し出した手を、彼女は吸い込まれるようにして握り指を絡め合わせ た。 温度を知ってしまうと手放したくないと強く思ってしまう。 絡み合った指を解きたくないと願ってしまう。 「……行かないで」 「……」 「どこにも行かないで、私を置いていかないで」 「優月」 「お願い」 「うーん……」 織川は小さく笑う。 腕を引かれた優月は彼の胸に抱かれる。 抱擁が深くなればなるほど優月の心が揺れた。 「……離れたくないの、ずっと傍にいて」 優月も彼の身体を強く抱きしめる。 「俺を縛るには対価が必要だよ? 優月。おまえは俺に何をしてくれる?」 「私が出来ることなら何でもするよ」 「何でも?」 織川は少しだけ身体を退いて彼女を見た。 「うん……」 「そう」 彼は切れ長の瞳を薄く細めて笑う。 意地の悪そうな微笑みに優月はどきりとさせられた。 「まさかそれが一回抱かせればいいだろうとかいうゆるい考えじゃないだろう ね?」 「そんなの思ってないよ」 「ふぅん」 織川はまた小さく笑って、それから立ち上がった。 「とりあえず、ワインでも飲もうか」 ミニキッチンに置かれているワインボトルを手に取り、彼は慣れた手つきで コルクの栓を抜いた。 ワイングラスに濃い葡萄色の液体が注がれる。 「はい、どうぞ」 ソファに座ったままの優月に織川はワインの注がれたグラスをひとつ渡す。 「瀬那……私、どうすればいいの」 彼は小さく笑う。 「俺は、優月の為ならなんでもしてやりたいとは思う。だけど俺だって欲深い 人間なのだし、見返りを望むわけなんだよね」 「見返りって……何を」 「俺に全部言わせる気?」 ワイングラスを傾けて、織川はひとくち飲む。 「俺が何を望んでいるかなんて、おまえには判りきったことだと思うんだけど」 「そんなの判らないよ」 「それ、本気で言っているの」 黒い瞳を僅かに細めて彼が言う。 「判っているなら聞いたりしない」 「ふーん」 グラスに入っているワインを飲み干して、織川はそれをテーブルに置いた。 「優月は、ワインは赤と白とどっちが好き?」 「え? あ……白のほうが好きだけど」 「ああ、本当? じゃあ、白も開けるか」 そう言ってまたミニキッチンへと向かう彼を優月は慌てて追いかけた。 「赤も飲めない訳じゃないから、これで十分だよ」 「だって、好きなものを飲んでもらいたいし?」 ミニキッチンに置かれている小さなワインセラーを開けて、白ワインを一本 取り出す。 「開けてもらってもたくさんは飲めないよ」 「残った分はちゃんと俺が飲むから安心して」 織川は笑いながら白ワインのコルク栓を抜いた。 「ワインのメニューから選んで好きなのもの頼んでくれても構わないし。ワイ ンが苦手なら別のものでもいいし。でもシャンパンは食事の時に持ってくるよ うに頼んであるからそれ以外で」 「そんなにたくさんは飲めないから」 「味見程度でもいいよ。残った分は俺が飲むし……それぐらいの勢いで俺を酔 わせないと、今晩ひどいめに合うと思うよ」 ワインをグラスに注ぎながらそう言った彼は今まで見たこともないような妖 艶な笑みを浮かべていた。
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