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織川は機嫌良さそうに優月の手を握っていた。 誰から見ても機嫌良さそうかと言えばそうではないのかもしれなかったが、 彼女にはそんなふうに感じることができた。 「駅ビルの中に石窯で焼いたピザが食べられるレストランがあるんだ」 「ピザ?」 「ああ、嫌い?」 「嫌いじゃないよ」 「パスタとセットになってるんだけどね、ピザは食べ放題なんだ」 「へぇ? シェーキーズみたいな感じ?」 「パスタは食べ放題じゃないし、ああいう生地じゃなくて、もっとモチモチし てる」 「ふぅん」 「人気の店だから、ちょっと待つかもしれない」 「待つのは平気だよ」 「そうか」 ふふっと織川は笑い、優月を見下ろした。 見下ろしてくるその瞳が、やけに優しく見えて彼女はどきりとさせられた。 『俺は、優月が好きだ』 優月はほんの数分前の告白を思い出し、また顔が熱くなった。 好きだなんて――――。 言うだけなら簡単だ。 だけど言われて嬉しくなかったわけでもなくて、優月は複雑な思いを胸に抱 えた。 こうして舞い上がる気持ちは、溝口のときと同じだ。 溝口が言った“可愛い”や“好きだ”という言葉。 情に絆されて付き合い始める頃には、自分も彼を好きだと思っていた。 それなのに、ほんの少しの期間で一方的に彼に言われるまま別れることにな った。 また同じことを繰り返すのかと優月は苦い思いを滲ませる。 溝口と織川が、同じだとは思っていないけれども唐突さで言えば織川のほう が遥かに上であるだけに不安は広がる。 溝口を忘れられないという感情はないものの、踏み出す勇気は優月にはまだ なかった。 「会社を行き来するだけじゃ判らなかったけど、結構夜景が綺麗な場所だった んだね」 ビルの上層階にあるレストランの窓から見える夜景は美しいと思えた。 優月の言葉に、織川はにこりと笑った。 「お待たせ致しました」 店員が運んできたグラスビールに口をつけ、優月は小さく息を吐く。 少しすると、サラダが運ばれてきて、その後ピザを給仕する店員がやってき た。 「こちらおかわり自由のピザでございます」 「一枚ずつ下さい」 「かしこまりました」 織川の言葉に従うようにして店員は真っ白な皿に一枚ずつ焼きたてのピザを 乗せていった。 「……自分で取りに行くんじゃないんだ?」 優月の問いかけに彼は頷いて答えた。 「ああ、そういうシステムじゃない」 「へぇ……」 ピザはふっくらと焼き上がっていて、美味しいと感じる。 「本当に、もちもちした感じなんだね」 「美味しい?」 「うん」 「そう、良かった」 織川はにっこりと微笑む。 カップ麺や、パンばかりを食べていたときにはあまり感じなかったことだっ たが、織川はビールの飲み方や、食事の仕方が上品だと優月は思えた。 実際、カップ麺を食べているときだって上品だったのかもしれないが優月も よく見ていなかったのでそのときの様子を思い出せない。 のんびりと彼が食べるから、優月もゆっくりと食べることができた。 店員も、ふたりの食べ方を見ているのか、ピザを食べ終わる頃にまた給仕に やってくる。 居心地良く食事をとることができて優月は少しだけ気分が良かった。☆★☆★
「おごってもらっちゃって、ごめんね」 「いいよ、俺が誘ったのだし」 またしても、織川は優月の手を繋いできたけれど、今度も彼女はその手を払 わなかった。 織川は駅の改札手前まで優月を送る。 ここまでだと、彼女が思って手を離そうとするが阻むように織川が強く握っ てきた。 「……瀬、那?」 「嘘じゃないから」 「え? 何が?」 「優月を好きだっていう、俺の気持ち」 「……」 彼の言葉に、優月は顔を赤らめる。 「わ、私……の何が、いいのか判らないけど、多分、すぐに飽きてそんな感情 無くなると思う」 「なんでそんなの決めつけるの? おまえは俺じゃないだろ」 「だって」 「優月」 織川の指が彼女の顎をくすぐった。 「俺は、おまえに好かれる自信はまるでないけど、優月を好きで居続けられる 自信はあるよ」 「なんで?」 彼はふふっと笑った。 「しつこい性格をしているんで」 顔の前に影が落ちてきて、織川に頬に短くキスをされる。 「おやすみ優月、今夜は俺の夢を見て」
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