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「ごちそうさま」 ラーメン屋から出ると、織川が優月にそう言った。 「うん、この前おごってもらってるから」 「気にしなくてもいいのに」 「そうもいかないよ? だっており……瀬那は一人暮らしでしょ」 ふっと笑ってから彼は頷いた。 「ああ、まぁ、そうだな」 「この近所なんだよね?」 「うん、すぐ近くだよ、来る?」 さらりと告げられた誘いの言葉に、優月は一瞬息が止まった感じがした。 「え、えっと……」 「嫁のグッズで部屋は散らかり放題だけどな」 手を繋ぎ、織川は歩き始めた。 行くとは言っていない。だけど、行かないとも言えなかった。 そして歩き始めた今も、繋がれた手を振り払うことができない。 「せ、瀬那」 「おいでよ」 彼はにこりと微笑み、その笑顔だけで優月に次の言葉を言わせないようにし た。 織川の家は優月が想像していたよりも豪奢なマンションで、その外観だけで も驚きの声が上がってしまった。 「ここが、織川君の住むマンションなの?」 「瀬那だっての」 「あ……えっと、瀬那の家?」 「そうだけど?」 エントランスをくぐり、彼はオートロックの扉を開けた。 「こんな立派なマンションに一人暮らし……って」 「家は親が買ったもので、その親は今は転勤で海外に行ってる、だから一人暮 らしなんだよ……っていうふうに説明すれば納得できる?」 彼はそう言うと小さく笑った。 「あ、そうなんだ?」 優月の声に、織川はまた笑った。 室内に入ると、ファミリー向けの間取りのようで部屋がいくつかある。 織川はリビングに優月を招いた。 フローリングの床に真っ白なラグが敷いてあり、ナチュラルな色合いの木の テーブルと赤いソファが優月の目に留まった。 「真っ赤なソファって可愛いね」 「そう?」 「うん……なんか、部屋の中も可愛らしい感じでイメージと違う」 「イメージって、俺の?」 「……っていうか……男の子の家のイメージじゃない、あ、でも親御さんの買 った家だからインテリアとかは別に織川君の趣味じゃないのか」 「瀬那だって」 「……ぅ、あ、ごめん……」 「何か飲む?」 「うん……」 「コーヒーか、紅茶」 「紅茶がいいかな」 「ん、判った」 対面式のキッチンに彼は入り、お湯を沸かす準備をする。 優月が落ち着かない様子できょろきょろとしているのを織川が笑う。 「座ってていいよ」 「あ、う、うん」 彼女は赤いソファに腰掛けた。 座った正面には大型の液晶テレビが置いてあって、織川はいつもこのソファ に座ってテレビを見ていたりするのだろうか? と優月は思った。 他人の生活する空間に、ぽんと入り込んでしまった落ち着かない感じは心許 なさにも似ていた。 「テレビ、何か観ようか。どんな感じの映画が好き? ドラマでもいいけど」 キッチンから織川がカップをふたつ持ってきて、優月の隣に座った。 「えっと、普段は……恋愛ものとか、観ることが多いかな」 「恋愛ものねぇ?」 織川はそう言って小さく笑うと、テレビのリモコンを手に取り、電源を入れ た。 「あ、でも、その……ホラーとかじゃなければなんでもいいよ」 「なんでもか。じゃあ今放送してるものから選ぶ? ケーブルテレビに加入し てるからオンデマンドで何か探してもいいけど」 「今、やってるのでもいいよ」 「んー……今やってるのは、これだな。忠臣蔵か」 「年末近いんだなぁって感じるね、歴史物好きだから、これでいいよ?」 「優月は歴女なの?」 「え? れ、歴女??」 「歴史大好き女子なのかなーって思ったんだけど」 「好きだけど、大好きってほどじゃ……」 「そっか」 「でも、本当に私は何でもいいよ? 瀬那の観たいもの観たら?」 彼女の言葉に織川はくくっと笑ってリモコンをテーブルに置いた。 「俺が見たいのはおまえだし」 「え? あ」 織川は優月の首筋に手を置いた。 「俺は優月を見ていたい」 「み、見たいってそう言う意味じゃなくって」 「紅茶、冷めちゃうよ?」 「じゃあ、飲ませてよっ」 「……飲ませてよ? 熱いものを口移し……かぁ」 ちらりと織川はカップを見て難しそうな表情をした。 「いや、あの、そういう飲ませてって意味じゃ……」 「そういえば、紅茶に砂糖とかミルクとか入れる?」 「あれば入れるけど、無くてもいい」 「んー、じゃあ、はい」 そう言って織川はにっこりと笑ってカップを優月に渡した。 「……う、ん。ありがとう……」 紅茶を一口飲んでから、優月は言う。 「お部屋、全然散らかってないじゃない? 嫁のグッズで散らかってるって言 ってたけど」 「さすがにリビングには置かないよ」 「あ、そうなの?」 「俺の部屋に行けばグッズとかあるけど、見たい?」 「あー……うん」 とりあえず、このぴったりくっついた状態を何とかしたいと思い、優月は答 え、歩き出す織川の後についていった。
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