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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.11 ●

  

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1週間のロス支店への出張。

出発前はたった1週間だと思っていたのに、いざ日本を離れるとそ
の日数がひどく長い様に感じた。

ここには沙英が居ない。

それだけの事がどうしてこうも重要なのか。

居ない事で想いが余計に募り、本当に寝ても覚めても心の中は彼女
でいっぱいだった。

愛しすぎて気が変になりそうだ。

沙英。

心の中で彼女の名前を呼ぶだけで、恋心がくすぐられた。
感情が揺さぶられる。

無駄に落ち着き無く、ホテルの羽毛枕を抱きしめてみた。
ばふ、と空気が抜けていく感触。
当たり前の事だが、弾力も温もりも、女性特有の柔らかさも何も無
い。

―――――滅茶苦茶、抱きたい。

衝動的とも思える感情が沸き上がる。
沙英を抱きたい。

好きだと思えば思う程、愛しいという感情が募る程、そういった部
分も強くなっている。

単純に、そういう事がしたいと思う周期だというのもあるのかも知
れなかったが。

ベッドから起き上がって煙草に火をつける。

(最後にしたの、いつだったかな)

沙英が派遣されてくる少し前までは付き合っていた彼女がいた。
彼女と別れてからはしていない。

…半年以上か。

そりゃあ、したくもなるな、と思わず苦笑いをした。


******


ようやく帰国の日。
空港の免税店では、ロス出張組の面々がお土産を選んでいた。

お土産ねぇ。

沙英に買っていったら、受け取ってくれるだろうか?
いや、単独だったら警戒して受け取らないかもしれない。

目についたのはロクシタンのハンドクリーム。

(取り敢えず、これを女子社員に買っていくとして…生田さんにも、
で沙英のは)

何が良いんだろう?何だったら彼女は笑ってくれるだろうか?

うろうろして目に留まったのがアナスイの鏡だった。
薔薇の鏡の2個セットになっているもの、可愛いなとは思えたが気
安く受け取り易いか?と言ったら違う気がする。
隣にある蝶や薔薇モチーフの鏡。
こっちだったら受け取り易いし、沙英も喜ぶかも知れない。
俺はそう考えた。

蝶が好きだと聞いている。

俺は蝶の鏡をひとつ手に取り、彼女の笑顔を想像した。

(問題は、これを俺が渡せるかって事だけど)


******


出社するとその日は雨で気分は憂鬱だった。
社用で車を使う用事が有り、出勤は車だったから濡れてはいない
のだが、どうにも湿度が高いのは苦手だ。

フロアに居た女子社員の一人に人数分のハンドクリームを手渡す。
ほんの少しの雑談が終わった所で、生田さんと沙英が出勤してきた。

沙英の姿を見ただけで、胸が疼いた。

やっぱり、可愛いなぁと思った。
これだけ可愛いのだから男も居るんだろうな?とも思えてヤキモキ
した気分にもなった。

「あ、瀬能さんおはようございます」
俺に気がついた生田さんが声を掛けてくる。
「おはよう」
「ロス出張お疲れ様でした。向こうはどうでしたか?」
「めちゃくちゃ寒かったよ。俺、寒がりだから結構キツかった」
そんな雑談をしている内に、沙英は軽く会釈をしてふいっと自分の
席に行ってしまった。

…全く、俺には興味ないんだろうな。

と思えて、早くも心が挫けそうな気分になった。

「飛行機長時間乗るの大変ですよね」
「ん、あぁそうだね」
生田さんはにっこりと笑った。
「高槻ちゃんは飛行機が苦手らしいんですよ、彼氏にするなら飛行
機に乗らないで旅行する人が良いんですって、なんか可愛いですよ
ね」
「え?あぁ、そうなんだ?」
「私、高槻ちゃんって可愛いなぁって思えるんですよね」
「ふぅん」
「あれで、なんで彼が居ないのかなって不思議なんですよ」
にこ、とまた彼女が笑った。
「…そうそう、生田さんにお土産あるんだよ」
「え?そうなんですか」
デスクに向かうと彼女がついてくる。
鞄を開けて他の女子社員と同じハンドクリームを手渡す。
「えー…と」
生田さんは少しだけ不思議そうな表情をして俺を見た。
「何?」
「あ、いえ、私にだけなのかなって思いまして」
「いや、他の女子社員にも買ってきてあるよ」
「そういう意味ではなく…その」
「ん?」
生田さんは急に真面目な表情をした。
「余計な事ですが、このフロアに派遣されているのは私だけではな
いので、もし、このご厚意が私だけへの物でしたら、不公平になる
ので受け取れません」
要約すると、沙英にはお土産が無いのか?と彼女が問うて来ている
のはすぐに判った。
「沙英ちゃんにも買ってあるから安心して?自分で渡そうと思って
いるだけだから」
俺が言うと生田さんはにこりと笑った。
「そうですか、良かったです。お土産ありがとうございます、大事
に使わせて頂きますね」
そう言って彼女はデスクへ戻っていった。

ただ、気配り出来る人間なのか、俺の気持ちを察しているのか、侮
れない人だなと思い、思わず苦笑いをしてしまった。




まぁ、それよりも、だ。

沙英には男が居ない。
だからと言って俺にチャンスがあるというわけでは無かったが、居
るよりは居ない方が良いに決まっている。
略奪は趣味ではない。


益々沙英への気持ちが深まって、本当、参る…。





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