****** ドライブを諦めて真っ直ぐ俺の家へと帰宅した。 沙英はすっかり元気がない様子で。 「温かい紅茶でも飲む?」 喜ばせようと思ったのに、やっぱり困った様な顔をされて俺は少し 寂しくなる。 「嫌ならいいよ」 「嫌とか…思ってないです」 「そう?」 嫌じゃないなら、思った様にさせて貰うとしよう。 キッチンに入ってお湯を沸かす準備を始めると沙英が声を掛けてき た。 「…あの、お手伝いします」 「んー、すぐ済むし座って待ってて」 「いえ、それでは申し訳ないです」 熱心に言ってくるので思わず笑ってしまった。 「じゃ、そこの引き出しから紅茶を出して」 「はい」 沙英が出してきた紅茶を入れると、彼女はふわっと微笑んだ。 「良い香りですね」 「そう?」 やっと、笑ってくれたな。 俺はカウンターにマグカップを二つ置いた。 それを沙英がテーブルまで運んでくれる。 二人でソファーに腰掛けると、沙英はマグカップを持つでもなしに 眺めている。 「あぁ、そうか猫舌だもんな」 手の甲で彼女の頬に触れると、沙英は顔をほんのりと赤くさせた。 そんな様子がやっぱり愛らしい。 「可愛いねぇ」 自然と言葉が漏れる。 「ずっと、眺めていたくなる」 眺めるだけでなく…。 沙英は俺を困った様に見上げてきた。 俺の考えが通じたのだろうか? でも、そんな風に困った顔を見せてくる彼女だって堪らなく愛おし い。 傍に居ると思うから、余計にそう思うのかも知れなかったが…。 「もうちょっと気は長い方だって思っていたんだけど、そうでもな いらしい」 「え?」 「紅茶が冷めるまでの間は、逃げられないでしょう?」 俺は、彼女の腕を掴んで引き寄せた。 そして沙英を抱き締める。 小さな彼女の身体を腕の中で包むと一層気持ちが高まった。 「…せ、瀬能…さ…」 「君は、俺を欲しいとは思わないの?手に入れたいとか思わないの か」 俺が君を欲しいと思う様に、沙英は俺を望んではくれないの? こんなに俺は君を渇望しているのに。 欲しくて欲しくて堪らないって、頭の中がおかしくなるぐらい思っ ているのに、それはいつまで一方通行の想いなの? 「そんなに俺は君にとって魅力のない男か?」 沙英は俺の言葉に顔を上げて暫くじっと見つめてきた。 見つめ合う時間の終わりに彼女は瞳を潤ませる。 「離して下さい…」 「嫌だ、と言ったら?」 「…どうして、こんな事、するんですか」 「”どうして”には答えないって言ってあるよね」 「どうして…私を、追い詰めるんですか」 追い詰める? 俺は少しも君を追い詰めたりはしていない。 追い詰めてはいけないと思うから、気持ちを抑えているんだけど。 彼女を抱く腕を解き、俺は沙英の両頬に手を添えた。 「追い詰めているのは俺じゃない、君の方だよ」 そう、沙英が俺を追い詰めている。 どんどん好きにさせておいて、君は何も見せてくれないから俺は追 い詰められるんだよ。 「君が、俺を追い詰めているんだよ」 「…私が?」 「そう」 「そんなの、してません」 「しているよ」 「してないです、私は瀬能さんみたいに揺さぶりかけたりしてませ ん」 「十分揺さぶってるよ。気付いてないだけ」 心は散々揺さぶられてる。 「だから、時々どうしようも無くなる位、そんな君を許せなくなる」 「―――――私は、何も!」 「どうして、気が付かないの?俺をちゃんと見てって言ってるのに 君は全然見ようとしない」 「違う、私はいつだって瀬能さんの事、見てるし、考えてます」 沙英は感情を露わにした声を上げる。 「瀬能さんの事ばかり考えてる、だから苦しくもなるんじゃないで すか!どうでも良く無いから心が揺さぶられるんじゃないですか、 そう言う瀬能さんだって全然判ってくれてない」 必死な様子で言う彼女が愛おしくて堪らなかった。 俺の事ばかり考えている?君が?? 理性が飛んでしまいそうになるのを寸前で堪えた。 見上げてくる彼女に、俺は笑顔を作る。 「そうなんだ、ごめんね?気が付いてあげられなくて」 俺の言葉に彼女は顔を赤くさせ、掴んでいたシャツを離して身体を 下げた。 「酷いです、そうやって弄んでからかうの」 「弄んでなんかいないし、からかってもいないよ」 「私の気持ち、知ってて言ってるんだから、からかっているのと同 じです」 「沙英ちゃんの気持ちって、何?」 沙英のつややかな髪を一束掬い上げ、指に絡める。 しっとりした感触が指に気持ち良かった。 「…判らない、ですけど」 うん、判ってる。 君が答えを出してこない事に。 多分、それは沙英も判っていない事なんだろう。 だけど、自惚れても良いのかな。 俺は彼女の髪に唇を寄せた。 沙英の肌に、そうする代わりに…。 「沙英ちゃんに判らないものが、俺に判るわけないでしょう」 「…それは、そうかもしれないですけど…」 「でも、嬉しい」 俺がそう言って笑うと、沙英は泣きそうな表情で瞳を潤ませた。 今、何を考えている? この瞬間は俺の事で心をいっぱいにしてくれているのか? 俺がいつも君で心がいっぱいになっているのと同じぐらいに。 沙英、好きだよ。 俺はいつになったら、君にこの想いを伝える事が出来るんだろうね…。