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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.23 ●

  

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思い出さない様にしているのに、思い出してしまう記憶。
それは断片だったり、全貌だったり。

多分、俺はあの火事の日の事は一生忘れる事は出来ないのだろう
と思えた。

せめて、忘れた振りでも出来れば、もっと楽なのだろうけれども。


******

成人式の会場の外で、沙英を待つ。

大勢出てくる中に彼女が居た。


「成人式、どうだった?」
「式典自体は、よく判らないですけど…でも」
沙英は笑って振袖の袖を揺すって見せる。
「女の子が、皆振袖着てる中…私も着られた事が、とても嬉しいで
す」
彼女が笑うから、それは沙英にとって”嬉しい事”だというのが理
解できる。
俺も微笑んだ。
「瀬能さんのお陰です、ありがとうございます」
「沙英が喜んでくれたのなら、俺も嬉しいよ」
俺は沙英の額に短くキスをする。
「沙英が一番可愛い」
「あ、いえ…そんな事は、ちょっと、凄く言いすぎです」
「本当だから仕方ない」
そう、本当に彼女が一番愛らしく可愛く見える。
「こんなに可愛い子を独占出来る俺は幸せだな」
「い、いえ…それは、本当に言いすぎです」
「君は俺がどれだけ沙英に想い焦がれていたかを知らないから、そ
んな風に言えるんだよ」
それが長い時間だったと言えるのかどうかは他人の物差しだとは思
うけど、ここまで彼女と親しむまでには俺にとっては相当の時間だ
った、と思っている。

「瀬能さんは、どうして、私を好きになってくれたんですか?」

ぽつっと彼女はそんな事を聞いてきた。
”どうして”ねぇ…。
俺は首を傾けた。

「それって、答えて欲しい質問なの?本当に?」
「気には、なります」
「ふぅん、じゃあ沙英はなんで俺を好きになったの?」
何て答えるのかなって意地悪い感情が芽生えて聞いてみる。
「それは…」
沙英は少しだけ困った様な表情を浮かべる。
そして、言葉を紡ぎ出してきた。
「何で、でしょう…色々、あると思うんですけど、でも」
少し不安そうに俺を見上げて来るから、微笑んで見せた。
沙英はほっとする様な顔をしてから言う。
「瀬能さんの笑顔、です」
「ふーん、笑顔ねぇ?」
「いつも目が合うと笑ってくれるから、だから…だと思います」
「それって、まるで俺じゃなくても笑ってる奴なら誰でも良いみた
いだね」
「…またそういう意地悪…、瀬能さんじゃなきゃ駄目なの判ってる
くせに」
「知らない。俺じゃなきゃ駄目って沙英が言わないのに判るわけな
いでしょう?」
まぁ、言われなくても何となく判るっていうのはあるけどね。
でも言われた方がいいじゃない?
「笑顔は…俺が笑うと沙英もつられる様に笑うから、だから笑って
た」
「え?」
「初めはね。だけど今はもうなんだか癖になった」
彼女と目が合うと自然に笑顔が零れてしまう。
同じ時間の共有。
それに対しての喜びとか、色んな感情だとは思うけど。
「私が、笑うから?」
「そう、沙英の笑顔が見たいからだよ、君が笑うから俺も」
「…瀬能さんはよく笑う人なんだなぁって、ただそんな風に思って
いました」
「まぁ…最初の頃は意識して笑顔を作っていたからね」
「そうだったんですか?」
「そうだよ」
どんな風にしたら、笑ってくれるかなとか、そんな事ばかり考えて
いた時期もあった。
だけど考えるよりもそれは難しい事では無かったわけだけど。

「俺は君を中心にして生きてる様なものだから」

そう、今も、昔もね。
そして多分、これからもだ。

こんなに溺愛してしまう人物は多分これから先、現れないだろうと
思えた。

好きになったり、愛しいと思える人間は何人もいたけれど、だけど
ここまで存在全てが愛しいと思える人は居なかった。

欲しくて欲しくて堪らないと、胸が焦げるほど思った相手は居なか
ったから。




その後写真館で沙英の写真撮影してから帰宅した。


******


「着替えたらシャンパンでも開けてお祝いしようね」
「松川さんにお願いしてあったんですか?」
「沙英の成人のお祝いだからね」
沙英の帯を解きながら彼女に言う。
「苺が沢山乗ったケーキもあるよ」
「…あ、嬉しい…です、お祝いとか一人でするんだろうなって思っ
ていたから」
俺とこうなる前だったらって言う意味かな?
「沙英が成人式の後に実家に帰るって言い出さなくて良かったよ」
「うちは姉の事で忙しいですから」
「そのお陰で俺は沙英を独占できる」
俺はぎゅっと彼女を抱き締めた。
「でも、寂しいか?」
家族に祝って貰えない。
その現実。

「慣れてる事ですし…なにより瀬能さんが居てくれるから、寂しい
なんて気持ちは全然無いです」
「…沙英」
明るく彼女が言うから俺の方が切なくなってしまう。
沙英を一層強く抱き締めた。
「瀬能…さん?」
「俺はずっと、君の傍に居る」
「…はい」
沙英は従順に俺を抱き締め返してくる。
「こんな風に、幸せだって思えるの初めてです」
「…そうか」
「いっぱい、嬉しい」

小さな身体を寄せてくる彼女が堪らなく可愛くて、俺はどうにかな
るんじゃないかと思えた。
どうにか、と言うのは理性が本能を押さえきれなくなる時って言う
意味なのだけど。
「パラレルワールドがあったら、違う世界の方の私にはなりたくな
いなぁって思います」
「そういう話、好きだよね妄想的な」
茶化すつもりは全く無かったんだけど、彼女はそう取ってしまった
らしく、少し膨れた様な顔で俺を見上げて来た。
「妄想とか、好きですけど、ちょっと小バカにした様に笑わないで
下さい」
「バカにはしていないけど」
「瀬能さんって現実的、ですよね…カミサマとか信じないし」
「だって、居ないから」
居たら、火事なんて起きてないんじゃないのかな?
それともそういう風にカミサマが仕向けたとか?
だったら尚更悪い。
「なんでそんな風に思うんですか?」
「逆になんで信じられるのって思うけどな」
「それは…なんとなく、ですけど」
「あ、信じるのが悪いって言ってるんじゃないよ?俺はちょっとねぇ
って思うだけ」
痛くない筈なのに肩が痛い様な感覚がして思わず擦ってしまう。
「肩、どうかしましたか?」
沙英が鋭く聞いてくる。
普段鈍い感じの子なのに、変な処鋭いんだよねぇ。
不思議な子だよね。
まぁ、俺が”どうかした”と答えるわけはないんだけどさ。
だからとぼける。

「え?何が」
「左肩を擦っているから、痛いのかなって」
「いや、何も」
「そうですか?それなら良いんですけど」

「さて、着替えておいで。乾杯しよう」
「あ、はい」

沙英を3階に行かせてから、俺は又痛くもない左肩を擦った。


父や母の生前の記憶は薄れていっているのに、火事の日の事だけは
やたら鮮明で本当に参る…。

深い溜息をついた。



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