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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.28 ●

  

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孤独を全く感じなかったと言えば嘘になる。

知らない家に、突然家族として迎え入れられたのだから。

知らないと言っても、俺を迎え入れてくれた父と母は恐らくは何度か会
っている人達だったのだろう。
俺が記憶していなかっただけで。


実の両親を火事で亡くし、本来であれば哀しみに明け暮れるのが普通で
あっただろうけれど、5歳ながらも本能的に”哀しんでもいられない”
と、思ったのか、その時の俺は新しい家族に馴染むのに必死だった。

辛い、哀しい。

そんな感情に支配されている暇はなかった。

保護の手を失くし、これからどう生きていくのかが俺にとって最も重要
な事だったから。


不幸な出来事は経験した。
だけどその後の俺が不幸だったかと言えば決してそうではない。


―――――そう思う、前向きな”俺”と、どうして火事で一緒に死なな
かったのかと、生き残った事への疑問を持ち続ける”俺”が常に混在し
ていた。


傷ついた身体は治す事が出来る。

だけど、心にある傷はいつまで経っても治らない。

だから、傷がないふりをしていなければいけなかった。


(それでも、だいぶ楽にはなったと思うけど)

ベランダに出て、暗い空に浮かぶ月を眺めた。

今日は一段と明るく輝いている様に見えた。



精神面は割りと丈夫な方だとは思う。
だけど、やはり人間なので落ち込む時はある。

今が、落ち込んでいるというわけではなかったけれど。


「和瑳、寒くないんですか?」

ベランダの窓が、がらりと開けられて沙英が声をかけてきた。

「月がね、綺麗だったから出たんだけど、もう戻るよ」

そう言って暖房の効いた部屋に戻った。

「髪、まだちょっと濡れてるよ」

沙英の長い髪をひと房、手に取ってみる。

「ちゃんと乾かさないと風邪をひく」
「あ、じゃあ、もう一回乾かしてきますね」
「うん」

慌てるようにバスルームへ戻っていく彼女の後ろ姿を愛しいと思った。


愛しい沙英。

過去に女を愛しいと思った事は何度もあった。
だけどその時々に感じていた”愛しい”とは種類が全く別のものだと
思えた。

昔の恋人達に対して感じていた想いとは異なる感情だとさえ思う。

愛している、という言葉は同じ。
だけどその質が全然違った。

手に入れたいと思っていたのに、ずっと行動を先送りにしていたのも、
感情の種類が違っていたからだと思う。


沙英の事を、好きでなくなる自分というのは考えられなかった。


―――――自分の感情だから、それははっきりと判っている事だし確信
も実感もある。

だけど、その想いを、どうやって自分ではない彼女に伝えればいいのだ
ろうか。


俺が何気ないと思う事のひとつひとつでも、沙英は傷ついたり哀しんだ
りする。彼女を哀しくさせたいわけではない。


持田の存在もそうだ。


俺が”なんとも思っていない”と言った所で、沙英の不安は消えるもの
ではないんだろう。


不安がったり、妬いたりする様子は、彼女の感情のバロメーターとして
見るには良い事なのかもしれなかったけれど、なんて言うか、沙英の場
合、俺の想像をはるかに超える極端な発想をする場合があるのが、逆に
俺の不安材料になったりもする。


不安というストレスに、沙英がどれだけ耐えられるのかが判らないから。



『もう、和瑳とは付き合えない。これ以上は辛い』


過去に付き合った人にそんな事を言われた事実を思い出す。

その時は、異性の友人も多かった。(それ以上に同性の友人の方が多か
ったが)

彼女たちは友達なんだからと何度も説明はしていたが、やはり異性の友
人というのは気分の良いものではなかったのだろう。


『蓋を閉めてしまえば、笑っていられるのに』


沙英の言葉を思い出す。

蓋を閉めても中では燻っている感情がある以上は、隠した所で何処かで
破綻するものだ。

もちろん、それを上手に隠し続けられる人間だっている。

だけど、沙英はそういった種類の人間ではない事に俺は気づいている。

ましてや、彼女は愛情といった部分に自信を持てない人だから尚の事だ。


渡し続けている愛情の欠片。
欠片だから一見、ひとつひとつは小さく見える。

本当は、もっと大きいものなのだという事に、どうやったら気付かせて
あげる事が出来るのだろうか…。




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