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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.29 ●

  

*******

「ちょっと眩しい位の月ですね」
髪を乾かして戻ってきた紗英がベランダの窓から空の月を見ていた。

俺が言った事を真に受けたのだろう。
俺がベランダに出ていた理由は月を見たかった訳ではなかったのだけど
ね。

「温かいお茶でも飲む?」
「あ、はい。私が淹れます」
「いいよ」

俺は笑ってキッチンへ向かった。
その後を追うように紗英がついてくる。

「何がいいかな」
「紅茶がいいです」
「さくらんぼ紅茶にする?」
「はい」

零れる様な笑顔。

ずっと、この手の中に収めていたいと思う。

愛情に対して、永遠を望む事は初めてだった。

今までだって、”そういう風に”に思っていたのかも知れないけれど、
鮮烈なまでに望む事はこれまでにはなかったと記憶している。

ずっと、ずっと傍にいて欲しいと、強く願う。

「ねぇ、紗英」
「はい」
「気に入らないと思う事があったら、なんでも言ってね」
「…気に入らない、ですか?」
「そう、すぐに修正出来る事かどうか判らないけど善処するようにはす
るから」

俺がそう言って笑うと、紗英は困ったような表情を見せた。
「和瑳に対して、気に入らないなんて思う事はないです」
「…どんな事でも、だよ。持田の事もそうだし」
「それは…」
紗英は困ったような顔をしてから微笑んだ。
「でも、持田さんは和瑳のお友達ですし、そういうのを譲らなければい
けないのは、本来私の方だと思うんです。和瑳には色んなお付き合いが
あるでしょうし、そういうのを制限するのはどうかと思います」
「良いと思ってないのに?」
「…良いと、思うようにします」
彼女はそう言って笑った。
「ふたりきりとかは、出来れば避けて貰いたいとは…思いますけど」
「君は、持田が俺を好きだと判っているのに、そう言うの?」
紗英は、表情を変えないまま俺を見続ける。
そんな彼女の表情に、俺は逆に危機感を覚えた。
「…ごめん」
「どうして、和瑳が謝るんですか?」
「自分でもう、持田とは接触を持たないようにと決めているのに、その
部分を掘り下げて紗英に追求する必要はない事柄だからだよ。言えば、
紗英が不快に思うのも判っているのに」
「和瑳はそれでいいんですか?本当に?」
「もともと、持田とは同期という以上のものはないし、これまでだって
ふたりだけで飲みに行ったりとかそういうのもないのだから、変わるも
のは何もないよ」
「…そうですか」

彼女が少しでも喜ぶ様な表情を浮かべてくれれば満足だったのだが、
紗英は逆に固い表情をしている。

「紗英?」
「和瑳の気持ちは、とても嬉しいです」
「あ、あぁ」
「私も、嫌だとか言ってしまっていますし、でも」

紗英は難しい表情をしてから俯いた。

「でも、あれもこれもと私が望むのはどうかと思うんです、私には、こ
うして和瑳が傍にいてくれるというだけでも…過ぎた事なのに」
「過ぎた事ではないよ」
「いえ」

彼女は泣きそうな瞳を俺に向けてきた。
「望み過ぎる事は、良くないんです」
「そんな事はない、紗英はもっと望むべきだし、我儘も言って良いと思
う。ただし、それは俺に対してだけだけど」
「何も、望む事なんてないです」
「何も望む事がない様な男と居て君は幸せなのか?」
「そ、そういう意味じゃないです」
「だって、そういう事じゃないの?」
「違います」
紗英はスカートの布をぎゅっと手で握り締めた。
「望む事がひとつだから、それ以上は望む事はないんです」
「ひとつって?」
彼女は俯いて呟いた。
「ずっと、一緒に、居て欲しいって…それだけです」
俺は笑った。
「そう望むのは俺もだし、ずっと紗英に一緒に居たいと思い続けて欲し
いから、どんな我慢もして欲しくないって言っているんだよ」

紗英は小さく震えながら涙を零した。

「俺はずっと、紗英の傍にいる。これから先何があっても、紗英が望ま
なくなったとしてもだ」
言ってから俺は思わず笑ってしまった。

そう。

彼女が望む、望まないに限らず。

だから出来れば、紗英には望み続けて欲しいと思う。

「君が、他の誰かを好きになったとしても、俺は紗英を離さない」
「私は、和瑳以外の誰かを好きになったりしません、何で、そんな風に
言うんですか?私が”そういう風に”見えているんですか」
「違う違う、例えばそういう事があってもっていう話だよ」
「私はずっと和瑳の傍に居ます」
「うん」
「ずっとです」
「ずっと、俺を好きでい続けてくれるの」
「勿論です」

手を伸ばして彼女を抱きしめる。

言葉は永遠ではない。
記憶が薄れると共に消えていくものでもある。


そうだと知っているから、俺は足掻いているのか?


もっと、もっと、彼女が俺を愛してくれているという実感が欲しかった。

”気付かせてあげたい”なんて思っておきながら、結局自分の方が不安
で、もがいてるのかなと思えて、俺は小さく笑った。




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