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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.32 ●

  

*******


嫉妬している時とはまた違うもやもやが心の中にあった。

多分、正確にはもやもやっていう感じではないんだろうけど…。

ご飯を食べている時でも、和瑳とふたりきりになりたいと強く思ってし
まう。ふたりきりになって、彼に抱かれたいとかそんな事を考えてしま
って落ち着かない気持ちだった。

「ここの食事は気に入らなかった?」

テーブルの向かい側に座っている和瑳がそう言った。

「い、いえ。とっても美味しかったです」
「そう、それなら良かったんだけど、浮かない顔をしているみたいだか
ら」
「そんな事は無いですよ」
温かい紅茶を飲んで、誤魔化すように私は笑った。
「和瑳とお昼を食べられるの嬉しいですし」
「そう」
彼は綺麗に微笑んだ。
黒瑪瑙の様な瞳は、前にも増して甘く輝いている様に見える。
その甘い輝きは私を魅了し惹き付けて離さない。
瞳の美しさもそうだけど、顔立ちの綺麗さも、他の男性には無いものだ
と思えた。

きっと、持田さん以外にも彼を好きな人は沢山いると思う。

「和瑳はもてるんでしょうね」
「え?なに?」
コーヒーを飲んでいた彼が私の方を見て笑った。
「もてるんだろうなぁって思いまして」
「さぁ?」
「内緒ですか」
「そういうわけじゃないよ。どうだか判らないって事」
「もててると思います」
彼はにっこりと笑った。

「そういう君もね、気をつけた方が良いよ」

和瑳は突然そんな事を言った。

「え??どういう意味ですか」
「言葉のまんまだよ」
「や、判らないので」
「んー、じゃあ、単刀直入に言うけど、社内で沙英を気に入ってるって
いうヤツがいるので、気をつけなさい。以上」
「ええーーー」
「ええーじゃないっての」
和瑳は、ふっと笑った。
「どういう冗談ですか?」
「冗談ではないので」
真っ白なコーヒーカップに、その綺麗な唇を寄せて、彼はコーヒーを飲
む。
私はちょっと考えてから口を開く。
「あの…最近変わった事はないかってそういう…意味ですか?」
「うん、そういう意味。でもまぁ、君は自分の”そういうの”には疎い
から、何か他からアクションがあったとしても、気付いてないだけかも
知れないけどね」
「…本当に、何もないと思います」
「だったら、これからは注意するようにね」
「あ、はい」

かちゃん。
コーヒーカップがソーサーの上に戻され、軽く陶器がぶつかる音がする。

「沙英」
「…はい」
「何度も言いたくないから、よく聞いて欲しいんだけど」
「は、はい」
「俺は浮気とか、そういう面では甘くないから」
「……」
「許す、とかは絶対にないからね」
笑って言っているし、表情もいつもと変わらないのに私は和瑳の言葉に
戦慄を覚えた。
「以上です」
「…絶対、しない…です」
「うん、信じてる」
彼はにっこりと笑った。
「誤解が無いように言っておくけど、沙英を疑ってるとかではないんだ
よ、逆にね、四六日中俺が君の傍に張り付いて護ってあげられるわけで
はないから、気をつけてねって意味もある」
「気をつける、ですか?」
「あぁ、君にその気がなくっても、身体だけの支配ならどうとでも出来
る訳だし」


―――――身体だけの支配。

どうしてだか、私はその言葉にぞくっとしてしまった。
怖い。とかそういうのではない。
身体の疼きを増長させるような感覚だった。


彼が危惧しているものとは別に私は違う事を考えてしまっていた。


男性が、身体だけでもと女性を支配したがると言うのなら、和瑳はどの
段階で、私を抱きたいと思うようになっていたのだろうかと。


いつから私を”そういう対象”として見ていたのだろうかと、考えるだ
けで、また狂いそうになるぐらいの衝動が湧き上がってきていた。

スキンシップ以上の事を私にしたいと思ったのはいつから?

強い身体の疼きに眩暈がした。



******


「のんびりやさんというか、なんというか」
レストランから会社への帰り道、彼に思う気持ちをそのまま口にしたら
、そう言って笑われた。(さすがに年中発情してますとは言わなかった
けど)
「ホント、他の男には気をつけてね」
「はい」
「でも、まぁ、疑問に思ったのなら答えるけど、俺が君を抱きたいと思
ったのは、そんなの最初っからだよ」
「え?最初って?」
「君を意識したその瞬間から、君を抱きたいと思っていたっての」
「え、そ、そうなんですか」
「そうです」
くくっと彼は笑ってから、その魅力的に甘く輝く黒瑪瑙のような瞳を私
に向けてきた。
「俺の気がもっと短いものだったのなら、君を車に乗せた日にしてたか
な」
「え?」
「あの雨の日。君を犯す事を、俺はしていたかも知れないね」
綺麗な表情のまま、彼は”犯す”とかそんな事をさらりと言った。
彼はさらりと言ったのに、その言葉は私の心にべったりと貼り付く。
貼り付いた部分が熱をもち、温度は高くなっていく。

”それ”を私は想像してしまうから。

車の中で(とは彼は言っていないけど)和瑳に犯される自分。

想像しただけで身体が震え、頭の中が甘く痺れるような感覚がした。

「妄想少女、何考えて顔を真っ赤にさせてるの」
和瑳の笑い声が聞こえた。
「…和瑳に犯されてる私です」
「なにそれ」
ふふっと彼は笑った。
「ずいぶんとエロい女になったものだね」
「だめ、ですか」
「いいや」
彼は、すっと目を細めて微笑んだ。
「そうやって、夜まで妄想し続けていると良いよ」
「いじわるですよね」
「いじわる?そうかな」
するっと、私の首筋を撫で上げてから彼は言う。

「夜になったら、たっぷりと可愛がってあげるって言ってるの」


脳内では、すでに彼に犯されている。

―――――そんな感じだった。



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