****** 可愛い。 本当に、沙英が可愛くて可愛くて仕方がない。 俺が一方的に想っていた時期だって半端なく可愛かったけれど、抱く回 数が増える程に、彼女の愛らしさやいじらしさが前面に出てきて、本当 に、困るぐらいに彼女を愛おしく思う。 そんな中、沙英は時折、ひどく思い詰めた様な表情で何かを言いかける 場面があった。 何か、言いたい事があるのだろうか? そう判ってはいても、あまりにも思い詰めた様な表情をするから、俺は 追求する事を躊躇っていた。 ただ、彼女の場合、思い込んで変な方に意識を働かせる部分があるから、 そういう意味では、そろそろ吐かせるべきなんだろうなと俺は思った。 俺は俺で彼女に伝えたい事があったし。 だけど。 (早すぎる、かな) 付き合い始めてからまだいくらも経っていない。 でも、俺の中ではもう決まっていて、これから先、彼女以外は考えられ ない。 (普通の指輪だって、まだ…) ふっと現実に戻されて、会社のデスクで作業をしている沙英を見た。 贔屓目に見なくても、沙英は格段に可愛くなった。 しつこい様だが、もともと彼女は群を抜いて可愛かった。 だけど最近はもっとなんだ。 ―――――だから。 『派遣の高槻さんって、可愛いよなぁ』 沙英や生田さんが参加してない、社内での飲み会の席で、同じフロアの 村山がそんな風に彼女の事を言い出した。 「そうかぁ、普通だと思うけどな」 「ばーか、超可愛いっての」 (普通とか言うな。超可愛いっていうのは認めるがおまえが言うな) 若干イライラとしながら日本酒を呑んでいると、隣にいた辻が笑った。 そして、俺にだけ聞こえる様に言う。 「さすがは、瀬能が選んだ女ではあるな」 「選んだ、とか言うな。選んだわけじゃない。そういう選定したみたい な言い方は止めろ」 「へーえ」 彼は面白いものを見る様な目つきで俺を見た。 「なんだよ」 「いいや、なんか、変わったなと思ってな」 「変わった?」 「ああ」 「俺がか?」 「ああ」 辻は升に零れていた日本酒をグラスに移し変えてからそれを呑んだ。 「俺は変わっていない」 「いいや」 「どう変わったと言うんだよ」 「女に、さして執着するというタイプではなかっただろ、おまえ」 「…それは」 執着。 独占欲。 護りたいのに奪いたいという感情は確かに今まで抱いた事はなかった。 唯一。 そんな言葉が浮かんだ。 沙英は俺にとってそういう存在だ。 唯一の人。 他にどれだけ沢山の女が居ても、彼女の代わりになる人間はいやしない。 沙英だけが欲しい。 他は要らない。 それはこの先ずっとだ。 ****** そんな事があって、俺は沙英に釘を刺した。 『俺は浮気とか、そういう面では甘くないから』 『……』 『許す、とかは絶対にないからね』 ―――――そう、絶対に許す、という感情は芽生えない。 ただ、沙英がどう受け取ったかは知らないけど、許さないから、別れる だとかそういう意味では勿論ない。 別れるなんて選択肢は今の俺には有りはしない。 彼女がもし、一度だってそんな事をしたら。 とん。 書類の上にボールペンを置き、俺は苦く笑った。 違う、今だって、もう俺は思ってしまっている。 沙英を…自由にしておきたくないって。 沙英を俺だけのものにしたいと考えてしまっている。 それは精神的な意味ではない。 物理的に。 あの家に、閉じ込めて、一歩も外に出させずに、監禁してしまいたいと 望む心が俺の中にあった。 俺は溜息をついた。 (なんだこの感情、怖いな) 自分の中に、これほどの薄暗い感情があったのかと俺は少々の恐ろしさ を感じていた。