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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.37 ●

  

******



嫉妬する。

そんな事は過去にだって多少なりともあった感情だ。
だけど、今感じるそれは、明らかにこれまでのものとは違った。

あいつ。

村山が沙英に話し掛けているのを、俺は”許せない”とまで思ってしま
う。

それが100パーセント仕事の話だと判っていても。

大概彼女への仕事は生田さんを間に置いてワンクッション挟んで頼む。
それが常だった。

村山はそれを知ってか知らずか、わざとなのか、直接沙英に話し掛けて
いる。

社内で生田さんを通す事は、別段ルール化されているわけではなかった
から、俺はもちろんの事、彼女たちもそれが駄目だとは言えないだろう。

って、言うか。

あいつが彼女たちに頼むような仕事なんてあったか?と俺は少し考えた。

見積りの作成にしろ、プレゼン用の資料作成も、あいつの課にはそれを
こなす女子社員がいた筈だ。

俺が沙英たちに仕事を回す事はもちろんあったが、彼女たちに直接何か
指導する事を任されているのは俺ではない。

そして、あいにくその役目を果たす人間は外出中だった。

俺も社内にいる事が少なかったから、俺の知らないうちに仕事の流れが
変わったという可能性もある。
その件について、責任者からは何も聞かされてはなかったが。

どうしたものか。

などと考えていると、いつの間にか生田さんが俺のデスクの前に居た。

「お仕事中、申し訳ありません瀬能主任、今少しだけお時間宜しいでし
ょうか?」

彼女が俺を役職付で呼ぶのは珍しかったので、若干身構えてしまう。

「うん、どうした?」
「すみません、有川主任が不在なので、ご指示を仰ぎたいのですが」
「ああ、仕事のことかな」
「はい、村山さんから資料の作成を頼まれているのですが、その仕事は
私たちの方でお引き受けしてもよろしいんでしょうか?また引き受ける
とするならば、今後も村山さんのグループのお仕事も、私たちでするの
でしょうか」
「その辺の話は有川主任からは何も聞いていないの?」
「はい、何も」
「なるほどね」
「どうすればよろしいでしょうか?、瀬能主任の指示に従います」
「ん、だったら、その件は保留という事にする。多分契約外の作業にな
ると思うから、有川主任にも確認しなければいけないし、作業を頼んだ
村山君にも」
「申し訳ありません、お忙しいのに」
「いや、いいよ」
「ただ、あの」
生田さんは珍しく、言いにくそうな表情を浮かべた。
「どうした?」
「…はい、その、仕事が増えるのが、嫌だとか、そんなつもりでお伺い
をしているわけではなく…」
「うん」
「あの、だから、すみません」
俺は笑った。
「判ってる、君達がちゃんと仕事をしているって事も、契約外だからと
いう理由でさぼりたがっているわけではないっていうのも判っているか
ら、安心して?」
「あ、私達、というか」
「ん?」
「高槻さんは、やりますって言ったんですけど、私の独断でお伺いに来
ました」
「うん?」
「だ、だから、その、高槻さんが仕事をしたがっていないというのでは、
決してないので」
「んー、ああ、村山君が直接彼女に声をかけたから、そういう風に言っ
ているの?」
生田さんはちょっと難しい表情をした。
「高槻さんが、私に泣きついてきたという風に、瀬能さんに思われたく
ないので」
「うん、何を案じているのか判らないけど、俺は生田さんの事も彼女の
事も信頼しているので、少しの事では揺らがないよ」
俺がそう言うと、生田さんはほっとした様に表情を和ませた。
「すみませんでした、本当、お願いします」
「ああ、うん、判ったよ、すぐにでも有川主任に確認を…」
「いえ、あの、彼女、の事」
ぽつっと生田さんが言うものだから、俺は返事に困ってしまう。
生田さんが何か心配をしてしまう様な事を、沙英が彼女に言っているの
だろうか?
「すみません、出過ぎました」
そう言って彼女は頭を下げる。
「あ、いや。んー、何て言うか」
俺は笑った。
「全部、任せてくれれば大丈夫だから、そんなに案じないで」
「はい」
生田さんは安心した様に微笑んだ。



結局、この仕事の件に関しては彼女たちの作業ではない、という事で話
は終わった。



******

「あの、村山さんのお仕事お引き受けしなくても、本当に良かったので
しょうか」
帰宅した俺に、沙英が心配したかのように言ってきた。
「君にしろ、生田さんにしろ、3課の仕事を手伝ってもらうという契約
で派遣してもらってる、まあ、大雑把に言えばだけど。だから逆を言え
ば、3課以外の仕事をやられると、こちらとしても困る」
「…契約的に、という事ですか?」
「まあ、契約はそんなに厳密なものではないと思うけど、例えば君が2
課の仕事を手伝ってしまって、3課の人間が作業をお願いしたい時、手
が空いてないっていうのは困るって事なんだよ、判る?」
「あ、そうです…ね、すみません」
「いや、謝らなくていい、そもそも仕事を頼む事自体が駄目なんだから」
「でも、社員の方だったら…」
沙英はなおも続けてくる。
「社員だって、違う課の仕事はしないよ」
「そうですか」
俺は小さく息を吐いた。
「そんなに、村山の仕事がやりたかったのか?」
「え?」
「この話、お仕舞い。もういいだろ」
「え、あ、あの…す、すみません、でした」
「…何が?」
「私が、ちゃんと、お断りをするなりの判断が出来ていたら、生田さん
の手を煩わせる事も、和瑳の手を煩わせる事も、無かったと思うので」
「煩わせるって、言うか、まあ、俺の場合はそういう対応をするのも含
めての役職付きだから、構わないんだけど」
「すみませんでした」
「いや、別にミスしたってわけじゃないから。だから、この話はもうい
いって」
「はい」
「うん」

沙英がしょんぼりとした様子を見せれば見せるほど、そんなに村山の仕
事がしたかったのか??という気持ちにさせられて、あまり良い気分で
はなくなってくる。

駄目だ、駄目だ。
こんなんじゃ。

「お風呂、入ってくるよ」
「は、はい」

取り敢えずは、ゆっくり湯船に浸かって気持ちを切り替えようと俺は思
った。





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