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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.38 ●

  

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少しぬるめの湯船に身体を沈める。

それから深く息を吐いた。


我ながら、大人気ないという事は理解している。
俺の方が6つも年上なのに、自分のコントロールが出来なくなってしま
ってるというのは、余りにお粗末だ。


(まあ、それだけ、沙英に本気って、事なんだろうけど)

自分の事だというのに、今までの恋愛とはまるで違っていて戸惑う事が
多かった。

特に、沙英を相手にするのなら、もっと大らかに愛する事が必要だと判
っているのにこの様だ。

俺って、こんな男だったかな。

また、溜息をついた。

傷跡の残っていない左肩を撫でる。

―――――ずっと独りだった。と、そんな風には思っていない。だけど、
家族になった人達の中で、俺の立ち位置はここでいいのかと考える事は、
ずっとあった。

そして。

(深い愛情を知りたいと、思う気持ちは持ち続けていた)

火事で亡くなった両親から、注がれていたであろう愛情はあまり記憶に
残っていない。それは多分、与えられる愛情を愛情だと意識する事が、
無かったからだろう。
”当たり前に与えられていた”ものであったから、気が付かないまま、
そして彼らにそれを返せないまま、永遠の別れを余儀なくされた。


あの火事の日。
俺だって、両親と同じ様に家にいた。

なのに、何故俺だけが助かってしまったのか。

俺が思っている事は”物理的なもの”ではない。どういう理由で助かっ
たのか、という事を言っているのでもない。

確率的には低い生存率の中で生き残った強運を、俺がうまく飲み込めて
いないだけだ。

両親と共に死んでおけばよかったと、考えない日は無い。

死んでおけばよかったとは思うけど、今死にたいのかと言ったらそうい
うのでもない。

ただ少し、不安定な部分をいつも抱えているというだけだ。

無条件に、俺が生きている事を喜んでくれる人がいないから。





まあ、それと沙英に対する独占欲っていうのは全くの別物だけど。
生きていたからこそ、沙英とも出会えた。

…出会えたけれど、この先ずっと、彼女は俺の傍に居てくれるのか?


ふぅっと深く息を吐いた。

(何で俺、こんなに余裕ないのかな)


コンコン。


バスルームのすりガラスで出来た扉が小さくノックされた。

「はい?」
「あ、あの」
「うん、どうかしたか」
「いえ、あの」
「何?」
「その、い、一緒に入っても、良いですか?」
「え?あー、良いよ」
「ありがとうございます」

ちょっとの時間の後(のち)に、沙英がフェイスタオルを身体に当てな
がら入ってくる。

「まだ、お風呂に入っていなかったのか?」
「あ、い、いえ。お風呂は、入ったのですけど、すみません」
「ん?まあ、良いけど、一緒に入るんだったら、君の好きな入浴剤を入
れておいたのに、あ、タオルは湯船に入れないでね」
「い、意地悪です」
「君が好んで入ってきたんでしょう?」
俺は笑った。
沙英は恥ずかしそうな表情を浮かべながら、身体に当てていた白いタオ
ルをバスチェアーの上に置いて、俺の隣に来た。

美味しそうな色白の肌にふっくらとした柔らかそうなその胸。
視線をそこに移すと同時位にその胸に触れた。

「う、ひゃあ」
沙英は変な声を上げて、俺から少し距離をあけようとした。
「触って欲しくて入ってきたんじゃないの?」
俺が笑うと、彼女は顔を赤らめてこちらを見てきた。
「ち、違います、あ、違うっていうか、その」
「何さ」
「和瑳の、傍に居たかったので」
「え?そんなに長湯だったか」
「いえ、あの、そんな事ないです…すみません」
そう言うと沙英は、すっと身体を俺に寄せてくる。
彼女の頭を撫でて、それから沙英を抱き締めた。
「すみません」
「良いよ、そんなに待ちきれなかったの?ちょっとの時間なのに」
「い、いえ、そういうんじゃなくて、あ、いえ、そういうのも…その、
そうなんですけど」
「何?」
「和瑳の傍に居たかったんです」
「うん、それは先刻も聞いた」
「う…」
沙英は俺を見上げて、その大きな瞳を潤ませた。
「何?寂しかったのか」
俺が笑ってそう言うと、彼女はうんうんと2度ほど頷いた。
「ああ、そう」
愛しいと思う感情が込み上げてくるよりも前に、彼女がいじらしいなと
感じる。

犬だとか、猫だとか、自分では飼った事がなかったけれど、飼い主に擦
り寄っていくその様子、まんまだなと思えた。

彼女の飼い主になりたいわけじゃないけど、その様子は堪らなく可愛ら
しかった。

「可愛いね、沙英」
「和瑳…」
ふっと彼女は顔を上げて俺を見詰めてくる。
驚くほど、今の彼女は判りやすかった。

望まれるまま、俺は自分の唇を沙英の小さくて柔らかい唇に触れさせた。

透明感たっぷりの、大きな茶色の瞳が俺を映している。

全力でこの女を護り、愛したいという感情と、自分の全てをぶつけて壊
してしまいたいという両極な感情が俺の中で渦巻く。

その丸い柔らかな小さな肩をそっと抱いた。自分の中の激情を隠す様に
して。






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