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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.42 ●

  

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「これ、すごく良いな」
とあるブランドジュエリーショップ内で、和瑳が気に入るリングがあっ
たらしく、彼がそんな風に言った。
丁度私の指のサイズのものがあったので、はめてもらう。

ダイヤが可愛らしくお花の形に並べられている。
すごく綺麗で、可愛いと思ったけど…。

「良いんじゃないか?どう?」
「あ、はい、良いと思うんですけど、でも、これって…」
「じゃあ、それにしよう」
「えっ、でも」
「いやなの?」
「いやとか、そんなのはないですけど、値段が―――――」
「じゃ、それで」

和瑳はにっこりと微笑んだ。




******


ダイヤとプラチナで出来た、ブラッサムリング。

私の指にはめるには、あまりにも高価だと思ったのだけど…。

しっかりと私の左手の薬指におさまっている。

「…すっごく、気軽に着けられるという感じじゃないんですけど」
「そう?可愛くて良いじゃない、沙英に似合ってる」
「可愛いですけど、で、でも」
「値段を気にするなら、それだけ大事にしてくれれば良いってだけの事
だよ」
「大事には…勿論します」
「ちゃんと毎日はめておくように」
「はい」

ダイヤが光を反射してきらきらと輝いている。
眩しいぐらいに。

「大事に、します…ありがとうございます」
「うん」

それから食事を済ませ、街の景色を見渡せるという高台の公園へと向っ
た。
公園の駐車場に車を止めて、景色のよく見える場所へと歩いた。

「綺麗な場所ですね、港も見える」
「ああ、良い感じだね」

手すりに手をかけて、下に広がっている街の景色を見渡した。

「素敵です」

横に立つ和瑳を見上げれば、彼がにっこりと微笑んでくれる。

この人が、隣に居てくれるから、この景色がより美しいものだと思える
んだろう。

緑色した木々の葉が、瑞々しく美しく輝いて見えるのも、青い空が澄ん
だように広がって見えるのも、そこに浮かぶ白い雲が柔らかく優しいも
のに見えるのも、全部、この人が居てくれるから、そういう風に見る事
が出来るんだと思えた。

ひとりだったら、そんな風に感じる事は多分出来ない。

頬を撫でていく風だって、心地良いと感じる事は出来ないだろう。

ひとりだったら。

今、素晴らしいと感じているものが、そうだとは感じられなくなるだろ
う。




私、ずっと、ずっと、愛されたい。
これから先、ずっと愛され続けたい。

そして、その想いを、向けて貰いたいと思える人は、一人だけで、そう
思うのは変わらないし、もう変える事は出来ないと思えた。


愛してくれる男の人なら誰でも良いわけじゃない。


”忠告”があったから、私はすぐに気が付く事が出来た。
同じフロアの村山さんが『仕事を頼みたい』と私に話しかけてきた時に、
彼がこちらに好意を持っている、という事が。

好かれる事は悪い事ではなく、むしろ喜ばしく嬉しい事の筈なのに、だ
けど私は、嬉しいとは微塵も思えなかった。

逆にその好意が嘘であって欲しいとさえ思えた。

だって、それを和瑳が知っているから。
彼が知っているから、村山さんとどんな風に話せば良いか判らなくなっ
てしまう。
普通に話してても、和瑳がどんな風に捉えるか判らない。

私がそれを受け止めていると彼に思われてしまえば、私は彼に切られて
しまう?

怖くて、怖くて、村山さんと話をする事が苦痛だった。
だけど、仕事だったから。
彼の持ってきた作業を受け入れなければと思った。
それなのに、その仕事を私がしないという判断が下されたのは、私が多
くの仕事を受け入れられないと思われたからだと感じた。

私がちゃんと、受け入れられる人間だったのなら。

そんな自分が和瑳に相応しいのかと思うけれど、私は彼から離れられな
い。

私には和瑳が必要で、和瑳でなければ駄目だから。

―――――もうこれから先は、彼が居なければ。

「私、生きていけないんです」
見上げると、和瑳が驚いたような表情をした。
「え?何が?」
「もう、駄目なんです」
「何が駄目なの?」
私はなんだか堪らない気持ちになって、目からは涙が溢れ出る。
「一体、どうした」
ぎゅっと、彼のジャケットの裾を握り締めた。
「まえ…、に、和瑳は言いました、私が望む事だったら大概のものは叶
うって、私が、望みをちゃんと口にしたら…って」
「ああ、言ったよ、事と次第によるけどね」
私は彼を見上げて涙を零した。
「言っても、叶えられない事もあるって、事ですか?」
「…うー…ん」
和瑳は困ったように首を傾げた。
「何か、願い事があるって事か?俺に」
「…はい」
「言ってみたら?」
「叶わないんだったら、一生言わずに黙っておきます」
「君は時々判断に難しい事を言うよね」
和瑳は苦笑いをした。
「うー…ん、生きていけないってのは、その願いが叶わなければって意
味?」
「そ、です」
「だったら、君には生きてて貰わなきゃ困るんで」
そう言って和瑳は笑った。
「良いよ、どんな望みも叶えるから、言いな」
「どんな事でもですか?どんなに無理な事でも、叶えてくれるんですか」
「ああ、叶えるよ」
「絶対ですか?」
「絶対だよ」
「後で、それは無理とか言わないですか」
「言わない」
「じゃあ…言います」
涙がどっと溢れて、公園の土にぽたぽたといくつか落ちていく。
「…一生に、いっこだけ…のお願いです」
「うん」
「これから、先、私が死ぬまで、傍に居て下さい」
「……死ぬまで?」
「逆でも、良いです、和瑳が、死ぬまで、私の事を傍に置いて下さい」
「あ、うん…同じ事だよね」
「だ、めって事ですか?叶えてくれるって、言った、のに」
ぼろぼろと落ちていく涙を和瑳が拭った。
「条件付きでなら、叶えてあげる」
「条件、ですか?」
「ああ、一生、俺だけを見て、愛し続けると約束が出来るなら、その願
いを叶えるよ」
「で、きます。私、ずっと和瑳を愛し続けます」
「うん、じゃあ、俺も約束。君が望むままに、一生君の傍に居るよ」
「本当、ですか?」
「ああ」
「一生ですよ?」
「望みは、叶えると言った」
彼は笑って、泣いている私を抱き締めた。
「あまり驚かせないで、生きるとか、死ぬとか、心臓に悪いから」
そう言って和瑳は笑った。
「すみません」
「うん…、沙英、好きだよ」
「好きです、私、和瑳が居なかったら、生きていけないんです」
「そう」
「だから、ずっと一緒に居て下さい」
「うん」
「約束ですよ?」
「ああ」
彼は可笑しそうに笑った。
「…確認するけど」
「はい」
「沙英は俺の奥さんになるって事だよね」
「え?奥さん?」
「”え?”じゃないっての」
くくっと和瑳は笑った。
「プロポーズじゃないのか?」
「そ、そういう、つもりでは、ただ、私は…その」
「沙英」
「は、はい」
「俺と結婚して。一生大事にするから」
「あ、え、その…あ、は、はい」
「うん」
私はちらりと彼を見上げた。
「あの…良いんですか?私で」
「一生、一緒に居るって、そういう事じゃないのか?」
和瑳はふふっと笑った。
その黒瑪瑙のように美しい瞳を輝かせて。
「あ、は、はい…そう、です、ね」
「うん」
「……」
私の頭を、彼は優しく撫でた。
「何か、不安?」
「あ、いえ、その…結婚、とか、そういうの全然考えてなかったので、
実感がないんです」
「そう」
「でも、あの…嬉しい、です」
「そうか」
和瑳は私の言葉に微笑んだ。




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