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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.44 ●

  

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夕食まで時間があるからと、散歩に出ようと言った和瑳の誘いを、私は
丁重にお断りをした。

「ゆっくり過ごしましょう、さっきまで結構歩き回っていたのですし」
「まあ、沙英がそれで良いなら構わないんだけど」
彼はそう言って笑った。
「ちょっと…のんびりしたいです、折角のお部屋なのですから」
「そう?」
「暗くなるのが楽しみですね」
私は窓の外を眺めた。
「まだ暗くなるには時間がかかるよ」
「そうですね」
「んー、じゃあ、お風呂にでも入るか」
「あ、どうぞ」
「”どうぞ”じゃないっての」
「え?」
「一緒に入るに決まってるでしょう?」
「い、一緒に…ですか」
「うん、当然だよね」
和瑳は着ていたジャケットを脱いでクローゼットに仕舞った。
それからバスルームに向う。
「沙英もおいで」
「…う、は、はい」


バスルームに入ると、和瑳がお湯を入れていた。
「うちの風呂の方が広いな」
「和瑳の家のお風呂は贅沢設計なんですよ」
「ま、そうかもな」
「一般の家のお風呂でジャグジーとか、考えられません」
「でも、良いものだろ?」
彼は笑った。
「…それは、確かに…毎回利用させて頂いていますけど」
テレビ見たりとか。
「バスジェルとか入れる?」
置いてあるアメニティに目を向けながら和瑳が訊いてくる。
「あ、えっと…あるなら入れたいです」
「ん」
彼は私の希望通りにしてくれた。
「オプションで、ワイン風呂とか、色々お願い出来るみたいだけど」
「ワイン風呂ですか??」
「うん、入ってみたい?」
オプションで、という事は当然別料金だという事で…。
「ええと、そういうのは要らないです」
「君、値段を考えて答えてるだろ?」
和瑳は、ふっと笑う。
「そりゃあ、値段は考えますよ。このお部屋だけでも一体どれぐらい掛
かってるのかって思うと…」
「そんなの気にしなくて良いの、沙英がどう思ってるか知らないけど、
俺は結構お金持ちなので」
「でも」
「にこにこ笑って奢られなさいって言ったのをもう忘れたの?」
「忘れてはいないですけど、今日は指輪だって、頂いてるのに」
「ああ、婚約指輪も買わないといけないな」
「これで十分です!」
「君が良くても、俺が嫌なの」
彼は洗面台に手をかけて笑った。
「ただ闇雲にお金を使いたがってるわけじゃないんだから」
「でも、本当に…何て言うか、そのお金は和瑳が頑張って稼いでいるも
のですし」
「沙英」
「は、はい」
「君にはそうされる価値があるんだよ、俺が一生懸命働いて手にしたお
金をつぎ込んでも構わないと、思えるほどの価値がね」
「価値?」
私は左手の指に煌くダイヤのリングに目を落とした。
「と、まあ、言ったって、君が”頑張って働いてる”と思ってる部分の
収入なんて、感覚的に言えば小遣い程度のものなので、俺がどんだけ君
に使っても、いちいち怖がらなくて良いから」
「え??」
「いくら有名企業の社員で主任だって言ってもたかがしれてるでしょ」
「そ、そんな事ないです、だって、ちゃんと夏、冬ボーナスもあるでし
ょうし」
「だから、その沙英がいっぱいだって思ってる部分の収入は、俺にとっ
ては小遣い程度って事だから、心配しなくていいのです」
「ええっと…」
「うん」
「じゃあ、なんで、今の会社で働いているんですか?その収入がなくて
も、生活は出来るって事ですよね?」
「あそこでの収入はさほど必要じゃない、だけど経験が俺には必要だか
ら」
「経験?」
「目指してるものがあるわけじゃないけど、対人関係だったり、様々な
ノウハウだったり、机の上でだけじゃ学べないものが色々あるからね」
「…そういう、ものですか?」
「俺はね、って事」
「うー…、ん」
「お湯が溜まったね」
和瑳は笑った。
「ゆっくり風呂に入ろう、さ、服脱いで」

彼の会話に出てくる”食事会”とか”パーティー”とか、庶民的ではな
いなぁとは確かに思ってはいたけれど…。

湯船に身を沈めると柔らかな泡に身体が包まれる。
上品な良い香りがする。

「ふたりで入るには、少し窮屈かな」
「まあ、そうですね」
「だけど、密着していられるから良いか」
和瑳は笑って、私を後ろから抱き締める。
「この泡、いい香りですね」
「そうだね、気に入ったのなら、うちでも使えるように買ってあげるよ」
「売っているんですか?」
「ブルガリのものだし、探せば売ってると思うよ」
「…売ってたら、欲しい、です」
「ああ」
「あ、でも、自分で買います」
くすっと彼は笑った。
「まあ、ご自由に」
「…はい」
「ん」

ぎゅっと、和瑳が私を抱いている腕の力を強めた。

「和瑳?」
「寂しくさせないからね」
「…はい…」

身体に回されている彼の腕を抱いた。
「私は、凄く幸せです」
「俺もだよ」
和瑳が小さく笑う気配を感じた。
「それは…あの、私が、居るから、とかそういう意味で、でしょうか?」
「そうだよ」
「だったら、嬉しいです」

闇の中で光が灯る。

そんな感じがした。

和瑳が求めてくれるなら、それに応じられる私なら、何かが許される様
な感じが曖昧にしていた。

だから。

「私を求めてください、どんな風にだって私は応えます」




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