****** 「取り残された、理由が、やっと理解できた気がする」 「……え?」 「俺が、生きてる理由」 ちょっと憑き物が落ちたような感じがした。 俺から両親を奪っておいて、それでいて俺だけこの世に残しやがってと 長年恨み言のように思っていた。 「うん、俺以上に沙英に合う男なんて、この世の中に存在するわけない し」 「あ、はい…そうです」 「ああ、ごめん、今のは独り言」 「あ、そ、そうですか」 強く抱いていた腕の力を少しだけ緩めた。 沙英が小さく息を漏らす。 ごめん、加減なしに抱き締めてしまったな。 俺がもし、あの火事で両親と共に亡くなっていたらこの子はどうなって いただろうか。 今でも、泣く事も出来ず、生きていたのだろうか? それとも、別の男が彼女を愛していただろうか? いや、俺以上に彼女に合う男なんて居ないはずだ。 だから、俺が此処に存在しているんだ。 そうに違いない。 ふっと俺は笑った。 「…沙英、君は存在するだけで、俺の救いになる」 「救い…ですか?」 「どちらかが欠けたら駄目になってしまうのは、君ではなく俺の方だ」 「そんな事ないです、和瑳が居なければ、私は生きていけないんです」 「俺だってそうだよ」 「和瑳が居なかったら、もう、本当に」 彼女の大きな瞳から、また涙が零れ落ちた。 彼女を泣かしたいわけではなかったけれど、沙英の涙は想いの強さのよ うに感じられて、彼女が俺の事で泣けば泣くほど心が溶かされていくよ うな気がした。 心の奥で固まってしまっていた部分が、浄化されるようにゆっくりと溶 けていく。 「俺は、君のものだ。最初からそう言っていたでしょう?君のものであ る俺が、沙英より他を1番だなんて、思う筈がない」 だから。 「責任とって下さい、俺は沙英しか見えない人なんだから」 「…和瑳」 判ってしまえば尚の事、執着は強くなる。 俺は”沙英の為のもの”だ。 「…沙英以外、本当、どうでも良い」 「どうでも良いとか言っちゃ駄目です」 「だって、本当だし、沙英しか俺は要らない」 だけど、やっぱりカミサマってヤツは。 (居るとしたら、相当のドSだよな) あの火事の後に沙英が生まれているのに、この年になるまで引き合わせ ないんだから。 ふう、と俺は深く息を吐いた。 「どうか、しましたか?」 「うん、楽になった、と思ってね」 「え?」 こじ付けでも何でも、理由が欲しかった。 生きてる理由。 死ななかった理由。 ずっとずっと、俺は探していた。 そしてやっと見つけられた。 沙英に目を向けると、その大きな瞳が心配そうに潤んでいた。 そんな様子もまた愛しくて。 「沙英は、本当に可愛いな」 「そ、そういう話ではなく、あの、どこか具合が悪かったのですか?私、 気付かずに、その…」 沙英は俺の腕を解いて、ベッドから飛び降りた。 「布団、ちゃんとかけて、寝て下さい」 「悪いのは具合じゃないんで、戻っておいで」 ぽんぽんと、ベッドを叩くと彼女はどうしたら良いか判らないといった 顔をした。 ああ―――――。 「日が暮れたな」 「え?」 薄暗くなった窓の外。 先ほどまでと表情を変えた景色。 俺は立ち上がって、沙英を窓際に連れて行く。 大きな観覧車にあかりが灯っていた。 「わあ、綺麗ですね」 彼女はこちらを見なかったけれど、窓に映った沙英の表情には笑顔が零 れていた。 「沙英…」 「ありがとうございます、和瑳」 「え?」 「こんな素敵な景色、見せてくれてありがとうございます」 「ああ」 大事な、愛しい沙英。 だけど、ごめん。 どんなに望んでも、願っても、過去に戻って俺は小さな君に風船を渡し てあげる事は出来ない。 沙英の寂しさごと抱き締めたいと、俺は強くそう思った。