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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.48 ●

  

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「お肉、柔らかくて美味しいですね」
ルームサービスで頼んだ料理を、彼女は本当に美味しそうに食べる。

皿に盛られたステーキだから、鉄板のそれよりはるかに冷めやすかった
けれど、沙英にはそれがちょうど良いと思えた。

「ワインの味とか、その、判らないですけど、このワインはとても美味
しく感じます」
「そうか、気に入ったのなら良かったよ」

窓の外に広がる夜景を、沙英は喜んでいた。

「でも、私からは良く見えますけど、和瑳からは観覧車が見えないんじ
ゃないですか?」

確かに俺が座る位置からは、観覧車は見えないけれど。

「俺が見たかったのは観覧車じゃないからね」
「え?」
「沙英が喜ぶ顔が見たかったの」
「あ…、そ、そうなんですか?」
「うん」
「え、ええと…」
「うん」
「パンも、凄く、美味しいです」
「そうか」


今までずっと、沙英に言った事はなかったけど。

最初の頃。
沙英は異常に食べるのが早かった。
女の子にしてはちょっと食べるのが早いとかいうレベルではなくて、ち
ゃんと噛んで食べているのかが心配になるぐらいだった。

勿論、熱いものはすぐに食べられないから、冷めているもの、冷たいも
のから食べてはいたが。

”沙英の分”として、分けられている物の食べ方はそうだった。
ハンバーグを食べた時は本当に早かった。(鉄板皿ではなかったし)

鳥鳥市場の時は”沙英の分”と分けなかったけど、分けなかったら分け
ないで、彼女は食事に手をつけようとしなかった。
だけど「それは沙英の分だから」と言ってしまうと凄いスピードで食べ
てしまう。

慌てて食べなくても良いよと声をかける事は可能だったけど、俺はそう
しなかった。
俺が言ってしまう事で、沙英は意識し、食べる事が出来なくなるんじゃ
ないかと思えたからだ。

鍋を食べに連れて行ったとき、彼女がそんな風に食べてしまう理由が見
えてくる。

『鍋は…人と食べに行くのは本当は苦手なんです』
『猫舌だから?』
『はい、食べるのが凄く遅くなっちゃうから、一緒に食べる人に悪いと
思うので』

食べるのが遅いと一緒に食べる人に悪いと思う。

―――――食べ方は、家庭環境が垣間見えると俺は思っていた。

それがしつけなのかどうだったのか、だけど、沙英の食べ方は強迫観念
にかられたものではないかと思えた。

”ゆっくりで良いよ”と言ってしまうのは意識させてしまい、マイナス
にしかならないと思った。
だから”俺はのんびり食べるのが好きだ”と言った。

実際に俺はゆっくり食べるのが好きだったし、流し込むように食べる食
事ならしない方が良いと考えるのも本当だったけれど、それからの沙英
は徐々にだけれど、食べる事がゆっくりになっていった。

俺も勿論、彼女のペースは見る。
決して沙英よりも先に食べ終えない。

その事の繰り返しで、沙英は”素材の味も理解できる”ぐらいの食事の
仕方が出来るようになっていったと思えた。


沙英が口に出して言わなくても、彼女が辛い思いをしてきたというのは
目に見えていた。

人の好意に気付けないのは、家庭環境のせいだという風にも思っていた
のだけど。

(ちょっと、非常に、嫌な事思い出したな)

沙英が高校時代にずっと想いを寄せていたとか言うアイツ。

俺はちょっとだけ息を吐いた。

(でもまあ、アイツが酷い言い方をしてくれたお陰で、沙英は俺と逢う
まで誰のものにもなってなかった、という事だから許すか)

俺が許すも何も、アイツには関係のない事だろうけど。


ワイングラスを傾けて、その液体を口に運んだ。


―――――もうすぐ命日、だな。


ゆらゆらと、葡萄色の液体を揺らして今は亡き人達の事を少しだけ思っ
た。



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