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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.5 ●

  
「うん、だから、まぁ何て言うか、多少は悪いかなとは思ってる」
しっかりと自分だけスーツを着て出勤準備が出来た彼が笑いながら
言う。
ベッドから起き上がれない私に向って。
「…午後からは、這ってでも行きますので」
「そう?無理しないでね」
「あなたが言わないで下さい…」
張本人が。

「だってね、すっごい溜まっていたから仕方ないでしょ?俺も男の
子なんだし」
「爽やかに笑いながら言わないで下さい」
「沙英だって”抱いて欲しい”って言うから」
「それって…最初だけですよね…」
「いつでも同じ気持ちじゃないの?」
彼が驚いた、という様な顔を作って言う。
「一応、何て言いますか、私は、その…初めてだったわけで、加減
ってものをですね…」
「そんなの無理だよ。だって沙英可愛いし、中は温かくて柔らかく
て気持ち良いし」
悪びれる様子も無く言うので私は心底困ってしまう。
「俺はずっと沙英を抱きたいの我慢してた訳なんだから、我慢した
ご褒美を貰っても良いと思うけどね」
ふふっと彼は笑う。
「…こんなになる位まで、我慢しなくても良かったのではないかっ
て思います」
「へーえ」
瀬能さんは少しだけ首を傾げてから薄く笑う。
「じゃ、俺が君を好きって言う前に抱いても良かったって言うの?
言っておくけど、例えば抱くタイミングがあったとしても、君が俺
を好きだと言わない限り、最中だって俺は君を好きだとは言わなか
ったよ?」
「…はぁ」
「”はぁ”じゃないでしょ?言わないで抱いてたら、また君は何か
違う様にとってたと思うよ」
「うーん…」
「妄想はするくせに、そういうところに想像力働かせられないのは
不思議だよねぇ」
瀬能さんはそう言って笑った。
「さて…と、時間だから俺は行くね」
「…行ってらっしゃい、今日はずっと外ですか?」
「いや、夕方には社に戻る予定だよ」
「そうなんですね」
「…どうでも良さそうだよね」
「そ、そんな事ないです!会社でだって、私は瀬能さんが居てくれ
る方が嬉しいですし…」
言いかけて、彼がにやりと笑っている事に気が付く。
「…言わせたかっただけですか」
「突付かないと言わないんだもの、この子は」
ちゅっ、と頬にキス。
それから唇へ。
「もっと、俺を求めて。愛して」
瀬能さんは笑った。
「今だって、いっぱいいっぱい愛してます」
胸が切なくて苦しくなるぐらいに。
「足りない、もっと愛してくれないと」
額へのキスの後、名残惜しそうに彼は私から離れた。
「沙英の愛情が俺の栄養だから、ちゃんと愛してくれないと干上が
るからね」
行ってきます、そう言って彼は寝室から出て行った。

ちゃんと、愛してるのに。

表現の仕方が、彼の望むものではないのだろうか?
私は彼に愛されている実感はある。

俺は沙英のものだよと、言ってくれるから。

だったら彼はどんな風に私が言えば安心してくれるのだろうか。



******

「午後から出勤なんて珍しいわね?体調悪いんだったらお休みして
も良かったのに」
出勤すると開口一番に生田さんがそう言ってくれた。
「いえ、休むと迷惑になるの判ってて休めないです」
それに体調が悪いと言うのとは違っていたし。
「そうなの?あ、高槻ちゃんは昨日成人式だったのよね」
「そうです」
「おめでとー、どう?成人した感想は」
「そうですね…あまり変わらないですね。ハタチになってからだい
ぶ経ってますし」
「高槻ちゃんって誕生日いつだっけ、確か夏ぐらいだったわよね」
「9月です」
「そっか、確かに時間空いてるわね、今更ハタチのお祝いって言わ
れてもって感じか」
そんな風に言われてから、ぼんやりと瀬能さんにお祝いをして貰っ
た事を思い出す。
「いえ、お祝いはやっぱり…嬉しいですよ」
生田さんはちょっと笑った。
「そう?」
「苺がいっぱい乗ったケーキと…シャンパンと、沢山のご馳走を用
意してくれました」
私の台詞に、勘の良い彼女は嬉しそうに笑ってくれる。
「良かったねぇ」
私も笑った。
カタカタとキーボードを叩きながら彼女は言う。
「”彼”は絶対、高槻ちゃんの事が好きだろうって思っていたし、
なんか”そう”なってくれて、私もなんだか自分の事の様に嬉しい
な」
「絶対、ですか?」
「うん、私そういうの鋭いから、判るんだよね」
彼女は笑う。
「だから、高槻ちゃんが彼に恋人がいるみたいな事を言い出した時
は”嘘だー”って思ったわよ」
「すみません…それはもう、凄い勘違いで、彼にも怒られました」
「何?彼女いるんですよねーとか本人に言っちゃったか?」
パソコンの画面を見詰めたまま生田さんは笑う。
「言いました」
「それは、怒るわよねぇ」
「…そんなに気安い人間って思われてるのかって、怒ったと言うか
…私が一方的に傷つけた感じです」
「まぁそれはそうよねぇ、彼はお気の毒すぎるわ」
また彼女は笑う。
「…はい、なんか、色々振り返ってみると、酷い事してたのかなっ
て思います」

―――――まるで知らない人を見る様な目で。

それが彼にとってどんなにつらい事だったかは、よく判る。
好きなら尚更だ。

「多分、彼は夏ぐらいにはもう高槻ちゃんの事を好きだったと思う
わよ」
生田さんはそんな事を言った。
「え??」
「気にしてたのはもっと前かもしれないけど、彼の様子が出始めた
のは夏辺りだったかなぁ、それより前までは高槻ちゃんの話をして
も、”そうでもない”感じで話を聞いていたのに、その辺りから積
極的に話を聞く様になっていってたな」
「そんなに前から…」
「多分だけどねー、今度本人に訊いてみて」
彼女は笑ってプリントアウトした資料を手早くまとめた。
「…生田さん、よくお話しながら仕事出来ますね」
「お喋り大好き人間だからね」
生田さんはふふっと笑った。
本当にこの人は尊敬すべき人だ。
瀬能さんが褒めるのも良く判る。
「あー、そうそう」
「はい?」
「”彼”がね、慰労会の時に私を褒めたのは、高槻ちゃんの反応を
見たかったからなんだよ」
「え?どういう事ですか」
「私を褒める事で、高槻ちゃんが妬いたりする所見たかったんじゃ
ないのかな?」
「妬く…ですか?」
「人はそういうので、気持ち量りたがるイキモノですよ。私はひや
ひやしたけどね」
「どうしてですか」
「女の焼きもちは厄介だからね」
彼女は私を見て苦笑いした。
「あ、私は生田さんに焼きもちとか全然ないですから!生田さんの
事を尊敬してますし」
「ありがと、でもそれじゃあ、彼は浮かばれないわね」
ふふっと彼女は笑った。
「確かに、もしかしたら焼きもちとか妬く場面だったのかもしれな
いですけど、私は生田さんの事も好きなので」
「嬉しい。高槻ちゃんのそういう所、私も好きよ」
彼女はそう言って笑った。
ふっと生田さんの指を見る。
綺麗にネイルの塗られた指先。
お化粧とか、服装とか色々、彼女は綺麗に自分を磨いている人なの
だと思え、余計に羨望の眼差しを向けてしまう。

薬指にきらりと光る指輪が目に留まった。

「その指輪、新しいですね?」
「あ、うん。彼氏からのプレゼント」
「綺麗で素敵ですね」
「じきに高槻ちゃんの指にもキラリと光るものがはめられるわよ」
彼女が笑った。
「お土産とかさらっと買ってくる人だから、他人にプレゼントとか
するの好きなんだろうなって思う」
「指輪…かぁ」
彼氏がいるシルシみたいな感じで、強い憧れはあった。
指にはめられる束縛のシルシ。

「束縛…されたいなぁ」
「ぜーーーったいするタイプよ。あの人は」
心の中で思ってた事をぽろっと口に出してしまった上に聞かれてい
て私は赤くなった。


(妄想癖改めないと…)




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