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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.50 ●

  

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貴方という存在が、今まで目を閉じて歩いてきた私にとってどれだけの
救いになっているか計り知れない。

見上げた空はより青く澄んで見える。
その青に溶け込むように浮かぶ雲。

どんな色も、今は鮮やかに見えた。

冷たい風が頬を撫でても、風に揺れる小さな花を見て心が和む。

そしてその風も、今はまだ冷たくても、やがて暖かく柔らかいものにな
っていくと知っているから―――――。

(私は、もっと強くなりたい)

いろんな事を全部受け止められるような人間になれたらと願う。

祈る事も願う事も私に許されているのなら。


「何考えてるの?」

大きな窓から外を眺めていた私に和瑳が声を掛けてくる。
何を見ているの?と聞かない辺りがこの人の凄い所だと思えた。
景色をただ見ているのではないと、感じる事の出来る洞察力というかな
んというか。

「あの…もう帰っちゃうんだなぁって思いまして」
「ふうん?じゃあ、もう一泊していく?」
「い、いえ、とんでもない!」
和瑳は笑ってから、私と同じ様に外の景色を見た。
ただ景色を見ているだけなのか、或いは何かを考えているのかは私には
判らない。
だけど、その横顔を見詰めるだけでも私の胸がきゅっとする。
込み上げてくる想い。

彼を好きだという想いと、愛しいと思う感情。

好きと愛しいは似ているようで少し違うと思えた。

愛しいと思うと、切なくて、ちょっとだけ苦しくなる。
同じ様な感情だと思うのに、なんで痛みを感じるのだろう。
刺すような、甘い痛みを…。

彼の大きな掌が私の頬をそっと撫でる。

黒瑪瑙のように輝く瞳が私を見詰めていた。

今更ながらに改めて感じる、この人の眩いまでの美しさ。
惹き付けられて囚われる。

「和瑳は、本当、綺麗ですよね」
「そう?ありがとう」

彼は笑った。

「気に入っているのなら、しっかり掴まえておくといいよ」
「離しません」
私の言葉に和瑳は微笑んだ。
その笑顔が極上のもののように見えて、胸が熱くなった。

囚われて、動けなくなってしまいそうになる感情であっても捨てたいと
は決して思わない。


孤独で身動き取れなくなる事を知っているから余計にそう思えた。

私は、もう独りではない。

左手の薬指にはめられた指輪が、陽の光を浴びて煌いた。

「沙英」

顔に影が落ち、柔らかな唇がそっと触れてくる。
唇の柔らかさも、温度も、質感も、何もかもが切なさを呼ぶ愛しさを感
じさせた。

「私、本当に、何て言うか、和瑳の事が好きです」
「うん」
「和瑳が居ないと、多分、もう生きていけないです」
「そう」
「だから、ずっと傍に居て下さい」
「傍に居るよ」
「ありがとうございます」

私が笑うと、彼は綺麗に微笑んだ。

「それは、ずっと、君が望むようになる前から俺が望んでいた事だし」

私は、ほっと小さく息を吐いた。
”望まれている”という事実は、何て大きな安心感を生むのだろうかと。
存在の意味や価値。
それらを認めてくれる人が居る。

「私は、此処に…居ていいんですか」
窓の外に在る、大きな観覧車を見上げた。
「俺が此処に在って良いと、知らしめてくれるのは君の方だよ?」
彼の言葉に、私は観覧車から和瑳の方に視線を移した。
「和瑳を必要だと思うのは、私だけではないですよ?」
「必要か必要じゃないかっていうのは、便利か便利じゃないか、という
のに似てるよね」
笑顔を崩さないまま和瑳は言う。
この人は時々、ひどく心を切り刻むような言葉を言ったりする。

私は自分の存在を認められない人間だけれども、和瑳は自分の存在を自
分では認めていない人間だったりするの…かな。

「私は、和瑳が居るから、幸せで…だから、あの」
「うん」
「でも、それは、和瑳が便利だからとか、そういうのでは決して無く…
確かに、あの…お金の面とかでも大きくお世話になってしまっています
けど、でも」
「別に、俺は君になら便利だと思われても構わないよ。利用価値がある
と思われても不本意ではない」
「利用価値があるとか、そういう風に自分を貶めるような言い方はやめ
て下さい」
「貶める?そうかな、それも存在価値のひとつじゃないのかな」
「例えば、そうだったとしても、そういうのは寂しいです」
「そんな事はない、目に見えて判る事でしょう?利用される価値のある
人間であり続ければ必要とされ続けるって事なんだから」
「違います」
「…違うって事はないと思うけど」
「違うんです、豪華な食事や、高価な品物を用意出来るのが和瑳の価値
じゃないし、私が望む事じゃないんです、安売りのメロンパンひとつだ
って、一緒に分けて食べてくれたりとか、一緒に居てくれる事を望んで
いるんです」
「なんでメロンパン?」
「…小さい頃、テーブルの上に置いてあるのは決まってメロンパンだっ
たんです」
「だけど、メロンパンを分けて食べあいたいのなら、それは俺でなくて
も出来る事だよね」
「違うんです」

上手く言葉が出てこなくて、心にある想いを伝えられないもどかしさに
涙が零れた。

「私は和瑳じゃなければ嫌なんです」
「うん」
「誰でも良いとか、思ってないです」
「うん、ごめん、判ってるよ」

和瑳は笑って私を抱き締めた。

「上手く…言えない…の、悲しいです」
「判ってる、俺だってそんなにプライド低い人間じゃ無いから闇雲に利
用されて良いとは思ってないよ、ただ、それが沙英であるなら構わない
ってだけで」
「……」
「安くはない男だと、君に見せつけたいと思ってる。そういう言い方な
ら君は安心するのかな?」
ふふっと彼は笑った。
「本当、意地悪ですよね」
「今更何を」


だけど、彼の笑顔の下には、もしかしたら何かあるんじゃないかと思う
気持ちが払拭される事は無かった。



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