家に帰り、私をソファーに座らせるなり瀬能さんはそこに私を押 し倒した。 「昨日あれだけ愛されたのに、俺が他の女を抱くとか考えてるの? 信じてないの」 「信じてないわけじゃないです」 「俺はそんなに流されやすくないし、誘惑に弱い人間でもないよ」 「でも、だって…」 私は彼の身体に腕を回してぎゅっと抱きついた。 「嫌なんです」 「うん、まぁ…それはそうだろうけど、さ」 頭を優しく撫でてくる。 その手が誰かに触れるのは嫌だ。 その黒瑪瑙の様な綺麗な瞳が他の人を熱っぽく見詰めるのは考えた だけでも耐えられない。 「沙英以外を抱くとか、そんなの有り得ないから心配しないの」 「…はい…」 「君は本当に極端だよね、心配の仕方が」 そう言って、瀬能さんの唇がやんわりと私の唇に押し当てられる。 「キスも、嫌です」 「はいはい」 「手を握ったりとかも嫌です」 「うん」 「見詰めたりとかも、嫌です」 「そう」 「こんなの…欲張りすぎですか?私は、瀬能さんを束縛しすぎです か?」 彼を見上げると、瀬能さんはにっこりと笑った。 「良いけど?俺は沙英のものなんだし」 「本当に、私のものですか?本当に、私だけですか?」 「あぁ、勿論だよ」 よしよし、と彼は私の頭を撫でた。 「一体生田さんとどんな話をしたのかねぇ」 「…瀬能さん…は、持田さんと仲が良いんですか?」 「え?持田?まぁ、さっきも言ったけど同期だしね」 「凄く仲が良さそうに、見えました」 「そう?でも、俺は持田とセックスしたいって思った事は一度も無 いよ」 直接的な言い方をするので、私は赤くなった。 「彼女は確かに女ではあるけど、欲情はしない。彼女の名誉の為に 言えば、持田が魅力的じゃないと言う意味ではなくて、俺のそうい う対象にはなり得ないってだけなんだけど」 私の頬を撫でながら彼は言った。 「抱きたいとか、欲しいとか心の底から思ったのは…沙英だけだし」 撫でてくれている手の上に自分の手を重ね合わせた。 「安心したか?」 「…はい」 「まったく」 彼は笑った。 「すみません」 「いいけど」 私の背中とソファーの間に手を入れて来て、それから私を抱き締め る。 包む様に。 「束縛したいのは、俺だって同じだからね」 抱き締め返して私は言う。 「瀬能さんにだったら、束縛されても構わないです…」 「そう」 「…好き、です…瀬能さんが、とても好きです」 「俺も、沙英が好きだよ。誰よりも愛しいと思っている」 「嬉しいです、こんなに幸せなの他にないです。瀬能さんに愛され て」 「うん」 瞼の上に優しいキス。 その後に続く唇へのキスは息も付かせぬ程の激しいもの。 何度も何度も唇を擦り合わせ、濡れた舌を絡め合う。 キスの合間に漏れる吐息の熱さに眩暈がした。 数週間前だったら考えられなかった。 こんな風に瀬能さんと触れ合うなんて。 数週間前の私はこんなにも瀬能さんを愛しいだなんて思っていなか った。 胸が、焦げるぐらいの想いは抱えていなかった。 すっかり色んなものが彼の手に因って変えられてしまっていた。 でもそれは少しも不愉快ではない。 不都合でもない。 苦しい切なさに胸を痛める事だって、嫌じゃない。 彼が全部、受け止めてくれると判るから。 好きだと言っても大丈夫だって、安心させていてくれるから。 だから私はこの恋に溺れられた…。 「瀬能さん…」 触れてくれている彼の手を取り、頬擦りをした。 温かくて大きな掌。 この手も私は大好きだった。 いつからか、彼は触れて来る様になり、 そして気が付いた時にはその温もりは手放せないものになっていた。 「寝室へ行こう」 耳元で囁く様に彼が言った。 私が承諾する前に、瀬能さんは私を抱え上げリビングから彼の部屋 を通り、奥の寝室へ向う。 …瀬能さんに抱かれるのは嫌じゃないし、嬉しい事なのだけど。 「今日は、その…加減、して下さい…ね?」 私が恐る恐る言うと彼はにこりと微笑んだ。 「そんなの無理だから」 コートをばさりと脱いでハンガーに掛けながら返事をしてくる。 「沙英も、コート脱いで」 「あ、はい」 既にベッドの上に乗せられていた私は、慌ててコートを脱いだ。 彼は少し笑って、私の手からコートを受け取ると、自分の物と同じ 様にハンガーに掛けてくれる。 「…でも、あの…お風呂とか…」 「そうだな、汗は流しておきたいよねぇ」 瀬能さんは少しだけ考えるような仕種を見せた。 じゃあ瀬能さん先に、と私が言いかけるのと同時に彼は言った。 「一緒に入ろうね」 にっこりと笑った。 「いっ、一緒に、ですか!」 「そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ」 「は、はい…」 「うちのお風呂、無駄に広いから二人で入っても余裕でしょ」 少し首を傾げて斜めに私を見てくる。 魅惑的な瞳で。 「でも、ひとりずつで入ったほうがゆっくり入れるし」 「汗流すだけなのにゆっくり入ってどうすんの、どれだけ俺を待た せる気?そんなのじゃ、尚更一緒に入らないとね」 にっこり。 綺麗に笑う。 凄く凄く楽しそうに見えるのは気のせいではない筈だ。 「ねぇ沙英」 「はい…」 「覚えておいた方が良いと思う、俺ってね言い出したらきかない方 だから」 ちょっとだけ肩をすくめて笑う仕種は可愛いとも思える位だったけ ど…。 「さて、バスルームに行きますか?」 断る隙も与えずに、彼は再び私を抱き上げて寝室を出るのだった。