****** 「う、う…ん」 目が覚めると、身体がずっしりと重かった。 責めが激しかったからかとも一瞬思ったけれど、後ろから抱きかかえられてて 零司さんの腕とか身体の重みが私にかかり、それの所為で重いのだと思った。 「……零司、さん?」 「起きたのか」 「零司さんはずっと起きていたのですか?」 「いや、寝ていたよ。おまえが起きる直前までな」 「あ、そ……そうなんですね、私が起こしちゃったのでしょうか」 「そういうわけじゃない」 「そ、そうですか」 「ああ」 零司さんは引き寄せるようにして私を抱き締めなおす。 こんな風に抱き締められている自分に少しだけ違和感を覚え、だけどその違和 感は決して嫌なものではなかった。 じんわりと心の中が温かくなる。 激しさはないけれど、その温かさは穏やかで心地良かった。 「花澄」 「は、はい?」 「呼んでみただけだ」 「え?あ、そ、そうですか」 「ああ」 そっと振り返ると、唇が重なった。 「おまえは可愛いな」 「え、っと、ありがとうございます……」 「うん」 零司さんは、本当に私を愛してくれるのだろうか? でも、もしそうだとしたら何故? 「質問は禁止だからな」 「は、はい」 「ん」 なでなで。 頭の上には彼の大きな手。 それが何度か往復した。 「俺のものだ」 ――――それは、私の事を指しているのかな。 「はい……」 「良い子だね」 背筋がぞくっとした。 この何とも言えない拘束された感覚に。 ネクタイで手首を拘束された時よりも深い満足感と興奮と安心感を覚えた。 もっともっと、この人に支配されたいと思えた。 激しい拘束が欲しいと思った。 縛られたいとも。 零司さん相手だと、今まで他人に対して感じなかった事を色々と感じたり願っ たり望んだりしてしまう。 振り返ってもう一度キスを貰った。 私が望んだら、これからはいつでもキスをしてくれるのかな……。 質問禁止と言われてしまったので聞けない。 「何だよ」 「い、いえ」 ごそごそと動いて、向きを変え彼の鎖骨の辺りに額をつけた。 「何か飲むか?激しくしたから喉が渇いたんじゃないのか、散々啼いてたから な」 笑いの混じった声が響いた。 「じゃあ、あの、お水が欲しいです」 「ん、待ってろ」 私の身体の下に入り込んでいた腕が抜かれ、彼はベッドから出て立ち上がった。 零司さんの背中を見ながら、その身体のラインが美しいなとぼんやりと思った。 そして、ふっと思い出す。 大きな冷蔵庫の中身を。 葡萄と桃のお酒。 あっ、と思った瞬間、顔が熱くなった。 もしかしたら、あれは……私の、為?? そんなものはうぬぼれだと思う気持ちともしかしたらと思ってしまう気持ちに 心が揺れた。 どうしよう。 心が痛い。 「どうした、丸くなって。具合でも悪くなったか」 ミネラルウォーターのペットボトルを片手に、ルームウエアを着用した零司さ んが戻ってくる。 「い、いえ」 「でも疲れただろ?」 ククッと彼は笑いながら言った。 「疲労……は半端ないです」 「よしよし、よく耐えたな」 「……耐えた、わけではないです、零司さんが止めてくれなかっただけで」 「ああ、止めて欲しかったのか?」 「辛いって、言ったと思うのですけど」 「ふーん」 「ふーんじゃないですよ」 「だけど、気持ち良さそうにしてたじゃないか」 「気持ち良過ぎても、辛いって思うんですよ?」 「へぇ、そういうものか」 「……零司さんって、自由ですよね……」 「水飲めよ、折角持って来てやったんだから」 「……ありがとうございます」 もぞもぞと身体を動かして、ペットボトルを受け取った。 冷たい水が、喉に心地良かった。 「ふー」 一息ついてから彼を見上げる。 「何だよ」 「え、えっと……」 「また飲ませて欲しいのか?」 ククッと零司さんは笑った。 「い、いえ、そうじゃなくて」 「じゃあ、何」 「えーっと……」 ペットボトルのキャップを閉めてから、もう一度彼を見上げた。 「葡萄と、桃のお酒……ありがとうございました」 「何に対する礼なわけ?」 「わざわざ、買っておいてくれたのですよね?その……私の為、に」 彼は腕を組んだまま小さく笑った。 「おまえの為に買ってあるのだと、そう思うのか?」 やっぱり違うのかな?と思って零司さんを見ると彼は鮮やかに微笑んだ。 「もっと早く気付け、ばーか」 きしっとベッドのスプリングを軋ませて、零司さんがベッドに腰をおろした。 「す、すみません」 「ああ、まあ、良いけど」 「えっと……パジャマ、も……ですよね?」 「いちいち遅いんだよ」 「すみません」 「ま、良いけどさ」 長い前髪を、さらりとかきあげる仕種に思わず見とれた。 こんなに近くで、彼を見ていられる事がとても嬉しく、幸せだとさえ思えてし まった。 これはどういった類の感情なのだろうか。 手を伸ばしさえすれば、零司さんに触れる事が出来る距離。 その距離に、どきどきしてしまう。 さんざんセックスをした後だというのに。 感情が色んな風に細切れになっているようで、どう拾い集めても、ばらばらの ような気がする。 自分の今の感情を、私はどんな風に思えば良いんだろう? 小さなどきどきが次第に大きくなっていき、激しい感情に色を変えていく。 胸の中が嵐みたいだった。 ****** いつまでも一緒に居たいと望んでしまうこの想い。 “いつまで”がいつまでなのかが自分にも判らず、際限がないような気がした。 ずっと一緒に居たいと思ってしまう気持ちは、かつて恋人に抱いていたそれと よく似ていた。 そして、ちょっとだけ嫌な感情を思い出してしまう。 『好きな女ができた』 そう言って私を捨てた男の事を……。 苦い思い出だった。 だからと言って、私は恋に臆病になっているとか、人を好きになる事をやめた とかそんなものは全くない。 男の人は好きだ。(セックスが好きだという意味ではなくて) 恋愛に臆病になっているとか、そういうのはないし、寂しいから誰でもいいだ とかそんな感情も持ってはいない。 だけど。 零司さんに関しては、どうしていいか判らないというのが本音であって全てだ った。 好き? 愛しい? 愛されたいか愛されたくないかと言われたら、愛されたい。 愛されたいけど……。 愛のカタチが見えなくて、少し臆病になってしまう。 自分のあるべき場所が見えない気がして。 そんな風に思ってしまうのも初めての経験だった。 なまじ、彼が人並み以上に群を抜けて美しいのがいけない。 そんな風にも解釈できる。 昔の彼は、そんな取り立てて美しいという部類の人たちではなかった。 私もそうだけど、十人並みというか。 そりゃ、私の中では彼らは格好良いという風に見えてはいたけれど、でも零司 さんは違う。 どこからどうみても誰が見ても、彼は美しい人だった。 それは闇雲に触れたいと思ってしまうほどに。 触れないまでも、ずっと見ていたいと思ってしまうほどに。 臆病という名を借りるんだったら、確かに今の私は臆病になっているのかもし れなかった。 恋愛に臆病になっているのとは違う。 彼という存在に対峙する事に臆病になっていると思われた。 私は、それこそ彼を見ているだけでも満足だったけれど立場を逆にしたとき、 彼のメリットってなんだろう?って思う。 (私は、幸せだとか、感じられるけど……) そんな事をぐずぐずと考えていた。 やっぱり、臆病になっているのだろうか。 いろんな事に。