「何考えてるんだよ」 零司さんの声に顔を上げる。 「えっと、色々、です」 「その色々を言えって言ってんの」 ケータリングサービスで注文したご飯を食べながら彼は笑った。 「その……」 「なんだよ」 「いえ……」 「いえ、じゃねーっての、なんか隠されるのが一番イラってくる」 「隠すとか、そういうつもりじゃないです」 「言わないなら、実質同じ事だろ」 「……そうかもしれないですけど」 「そうかも、じゃねぇよ。俺がそうだって言ってるんだからそうなんだよ」 「はぁ」 「で?なんだっての」 「……」 「早く言え」 彼が少しいらいらしている様子がうかがえた。 怒り始める前兆かもしれないと思い、口を開いた。 「私はいつまで、こうしていてもいいのかなって、思ったんです」 「いつまで、とか、こうして、の意味がわかんね」 「あ、判らないならいいです」 「いいですじゃねーよ、説明しろって言ってるだろ」 「だって、うまく説明とか出来ないです。自分自身、心の中が判ってないのに」 「判ってないってどういう意味だ?」 零司さんは機嫌悪そうな表情をした。 「そんな、顔しないで下さい」 「させているのはおまえだろうが」 「……すみません」 「おまえは俺を好きじゃないのか?」 「えっと……あの……」 「……愛してくれとは言うくせに」 「それは、その」 「だけど、俺を好きではないって言うのか」 「好きじゃないってわけではないです」 「だったら好きなのか?」 「えっと……」 零司さんは深い溜息をついた。 「なんだよ、それ」 「ご、ごめんなさい」 「愛してやるって言ってるのに、それ以上何を求めるっての?おまえは」 「求めるとかそんなんじゃないです」 「何が不満なんだよ」 「不満もないです」 「だけど、満足もしてないからぐずぐず迷ってるんだろ?」 「違います、零司さんに対して何かっていうんじゃなくて、私自身の問題なん です、私が、その」 「……なんだよ」 「零司さんに、相応しいのかどうかって思うから」 「相応しいだぁ?」 「ご、ごめんなさい、そんな風に言うのもおこがましいって判っているんです けど」 「余計な事ごちゃごちゃ考えてんじゃねーよ。俺が愛してやるって言ってやっ てんだから、おまえはおとなしく愛されてりゃ良いんだよ」 私が彼を見ると、零司さんは鋭く睨んでくる。 機嫌を損ねてしまったのは一目瞭然だった。 「判ったか」 「う……は、はい」 彼は僅かに息を漏らした。 「いつまで、に答えが欲しいなら答えてやってもいい」 「……」 「いらないのか」 「えっと……怖い事言われたら嫌だなぁって」 「怖い事ってなんだよ」 「それは……」 「もったいぶるな」 「……ええと」 「なんだよ」 「もう、来るな、とか……言われるのは嫌だなぁって」 「それがおまえの怖い事なのか」 「ええと、そうです」 「だったら、言わねぇよ」 私が顔を上げると、彼は笑った。 「元より言うつもりなんかないけど」 「あ、そうなんですか?」 ちょっと、ほっとしたので思わず笑ってしまうと零司さんは可笑しそうに笑っ た。 「って、言うかさ」 「は、はい」 「おまえ、帰れるとでも思っているのか?」 「え?」 長い前髪をかきあげて、彼はまた笑う。 「帰すつもりは微塵もないんだけど」 「え、えぇ?それって、どういう……」 「言葉のままだ」 そう言って、零司さんは何事もなかったようにしてまたご飯を食べ始めた。 「えっと、お泊まりはしたと思うんですけど」 「おまえを宿泊させたつもりなんかねぇよ」 「ど、どういう意味でしょうか?」 ククっと彼は笑った。 「おまえはここで住むんだから、自宅だろうこの家は」 はっ? ええええーーーーー!! 「え?す、住むって……自宅って!」 「嬉しいだろ?ずっと俺と一緒にいられて」 「いや、あの」 「なんだ?文句でもあるのか?ある筈ねぇよな」 「住むとかそんなの無理ですよ!」 「ああ?なんだよ、無理って」 「だ、だって」 「おまえは俺と一緒に居たくないのかよ」 「一緒には居たいです」 「じゃあ、いいだろ」 「じゃあ、とかって問題じゃ……」 「うるせえな」 彼はふふっと笑った。 「ずっと一緒にいればいいだろ?」 その彼の言葉に、思わずどきっとしてしまう。 ずっととか、そういう言葉に、私は弱いのかも知れなかった。 思わず涙がこぼれそうになるぐらいに。 「それが、俺の答えだ。花澄」 奇妙である事は判っている。 私も零司さんも、どちらも互いの事を好きだと言っていない。 それなのに、一緒に住むなんて。 「なんだ?まだ何か不満そうだな」 「不満はないですけど……」 「じゃあなんだ?心配な事があるのか」 「ためらう気持ちはあります」 「ためらう気持ちがあるって事は、一緒に住みたいとも思ってるって考えても いいわけだ?無理とか口では言いながら」 くすっと彼は笑った。 「え?あ……」 顔が赤くなっているのが温度で判る。 「ずるいですよ、からかうの」 「からかってはいないぜ」 「だって……」 「言っておくが、考える時間を与えたりするほど、俺は優しくもないからな」 「え?」 「嫌だ、と言うのなら、もうおまえとは会わないだけだし」 くくっと零司さんは笑った。 「ひ、ひどいです」 「ひどくないだろ」 「ひどいもん、そんな、選ばせない手段に出るなんて」 「どーせ、ぐだぐだ考えたって答えなんか出せないだろうが、それとも選ばせ てやった方が親切か?」 「……」 「選んでもいいんだぜ?」 「もう会わないだけだから?」 「そうだ」 「そういうのは、選ばせるって言いません」 「グダグダうるさいっての」 私は零司さんをちらっと見た。 「何だよ」 「一緒に住め、とか言いますけど…その、零司さんには特定の人とか居ないん ですか?」 「居るに決まってるだろうが、ばーか」 テーブルに頬杖をつきながら彼はいとも簡単に答えた。 即答だから、何か思う隙間もなかった。 「だったら余計に、ひどいです」 「何がひどいって?」 「特定の人がいるのに、こういう風にするの」 「こういうとは、なんだよ」 「だから……私と、したりとか、住めとか言ったりする事がです」 「なんで?」 「な、なんでって」 私は唇をきゅっと一度結んでから言葉を吐く。 「人は一途でなきゃダメって思います」 「ふーん、じゃあおまえはそうだとでも言うのか?」 「え?」 「一途に慕う事が出来る人間なのかと聞いている」 「それは勿論です。浮気とか絶対ないです」 「へーえ、言い切ったな」 「だって、本当の事です」 「いい心がけではあるな」 零司さんは、小さく笑った。 「ご飯食べたら、帰ります」 「あ?何だって?」 「だから、帰りますって言ったんです」 「おまえ、本当にバカか?帰さねぇって言っただろ」 「私、特定の人がいる男性と、どうこうやれるほど、図太くないです」 頬杖をついたまま、彼は笑っている。 「その“特定”とやらが、自分の事だとは微塵にも思わないわけか?」 「え?私……ですか?」 「そうだよ、他に誰が居るって言うんだよ」 零司さんが、その綺麗な顔を武器にするようにして美しく微笑むものだから、 私の胸がきゅっと、切なく締め付けられる感じがした。 「零司さんはずるいです」 「何もずるくないだろうが」 「ずるいもん」 泣きそうになってしまい、慌てて口を結んだ。 喋っていると感情が一気に高まってしまいそうになる。 彼が笑った。 「花澄、こっちに来い」 呼ばれるがままに、私は椅子から立ち上がって零司さんの傍に行く。 「ほら、膝の上に座れ」 「……」 言われた通りに、彼の膝の上に腰掛けると、ふんわりと抱き締めてくれる。 駄目だ。 こういう温かさは。 涙が止められなくなってしまった。 「世話が焼ける女だな」 そんな風に言いながら、私の頭を優しく撫でてくれる。 「……飴、と、鞭ですね」 鼻を啜りながら言うと、彼は笑った。 「鞭だけが良いのか?」 「やです」 「……世話が焼けるけど、可愛いな」 彼の腕の中は、良い匂いがして、そして温かくて居心地が良かった。 香水とか、今はつけてない筈なのに、どうしてこんなに良い香りがするんだろ うか。 良い香り、と言うか私が”好ましい”と思う匂いと言うか。 「で、その涙の意味は?俺に特定の人間だと言われて嬉しかったのか?」 「嬉しい、です」 「ふぅん」 嬉しいけど、でも本当に零司さんに恋人が居たら?って、さっきは考えなかっ た事を考えてしまって、胸が締め付けられるように痛くなってしまう。 その所為で、余計に涙が止まらなくなってしまった。 彼女の居る人と、どうこうなるのは絶対に嫌だ。嫌だから、それが判ってしま えば、どんな想いや感情があっても離れなければいけない。 この温度を手放せないと思ってしまっていても、だ。 かつて自分が“彼女側”の立場であった事があるから余計にそう思ってしまう。 「もう泣くな」 「止められないんです」 零司さんは私の言葉に笑った。 「安心しろ、他に女は居ないから」 「……はい」 「おまえが此処に居る間は、花澄の事だけ可愛がってやるよ」 「……意地悪、です」 「今更」 彼の背中に腕を回し、ぎゅっと零司さんの身体を抱き締める。 頭の中では、今ならまだ離れる事も可能だと考えているのに、心の中ではもう 離れられないと叫んでいる私が居た。