「とりあえず、必要な荷物とか取りに行くか」 「え?」 「服とか、色々こっちに持って来なきゃいけないだろ」 「……ええっと……」 「なんだよ、まだなんかぐずぐず思ってるのかよ」 「いいえ」 「ん、よしよし」 彼は綺麗に微笑んだ。 「車を出してやるよ」 「ありがとうございます」 「じゃ、準備して出るか」 ***** 実は、同棲(これがそれにあたるのか判らないけど)するのはこれが初めてで はなかった。 半年前、今の会社に入社する前までは、同棲をしていた。 前の彼と。 だから、母親にまた同棲する旨を話すと「花澄は男に振り回されるタイプなの ね」と笑われた。 そして、家の外で車を止めて待っている零司さんをこっそりと窓から覗き見て 「今度は、しっかり掴まえておきないさいよ」なんて事を母は言った。 ……いや。 恋人とかじゃないんだけどね。 とは流石に言えず、私は曖昧に笑うしかなかった。 「荷物は、それだけか?」 玄関から紙袋を2つ下げて出てきた私に零司さんがそう言って声を掛けてくる。 「あ、はい、取り敢えずは」 「そう」 私の手から紙袋を取り、零司さんは車へと向った。 「今日は、親父さんは休みか?」 「え?あ、父は、いないので」 「いないって?」 「亡くなっているので」 「ああ、そうだったのか」 「はい」 「じゃあ、家にはお袋さんだけか?」 「いえ、兄が2人……」 「今、居るのか?」 「今日は居ないです」 「俺は家族構成を聞いているんじゃないよ」 「あ、今日は母だけです」 「ふーん」 荷物を後部座席に置いてから、彼は私を見た。 「挨拶して行くかな。せっかくだから」 「え、ええええ??」 「なんだよ、そのリアクション」 「だ、だって」 「その方が、お袋さんも安心するだろ」 バタン、とドアを閉めてキーロック操作をしてから零司さんはすたすたと歩き 始める。 玄関から様子をうかがっていたのか、母が外に出てきた。 ちょっ、ちょっと!! 「ご挨拶、遅れました。成田と申します」 「花澄の母です、うちの子がご面倒をおかけするかとは思いますが」 「いえ、私が望んで来てもらうのですから、面倒なんて事はひとつも」 「そうですか、ふつつかな娘ですが、宜しくお願い致します」 ―――なんて、会話をにこやかに交わしている。 「お母さん、嫁に行くわけじゃないんだから」 と、私が口を挟んだら、何故か零司さんに凄く睨まれた。 なんで??? 「お袋さん、結構慣れた感じだったな」 車に戻り、エンジンをかけてから彼はそんな事を言った。 「慣れた感じって?」 「ああいう応対にだよ」 「そうでしょうか」 「おまえがしょっちゅう、男を連れて来てたって事か?だからなのか」 「な、なんでそうなるんですかっ!」 くすっと零司さんは笑った。 「まぁ、いいけどね」 「探られて痛い事なんて何もないですから」 「ああ、そう」 「そうです」 ふっと顔が近くなり、彼の唇が私の唇に合わさる。 「れ、零司さん……」 「帰ったら、めちゃくちゃ犯してやるからな」 意地悪く彼は笑った。 「い、今、そういう事、言わないで下さい」 「何故?」 「されたくなる……からです」 「なにを?」 「う…、そ、その……えっちな事、です」 「やらしい女だな、おまえは」 ククッと零司さんは笑った。 「誰がそうしていると思っているんですか」 「おいおい、人の所為かよ」 「だってそうです、私は零司さんにしかこんな風にならないですもん、今まで にだってこんな風になった事ないんですからね」 何かぽんぽん言い返されると想定していたのに、彼は何も言わず、私をじっと 見詰めてきていた。 いつもみたいに、さも面白いものを見るかのような、といった類でもない瞳。 すっきりと切れ上がり、時には酷薄そうにも見える黒目がちな瞳が今は甘い光 を放っているように見えた。 美しいのはその瞳だけではないもののそこは最たるもので、否応無しに私は惹 き付けられる。 自分の鼓動が早くなっている事が判った。 「ず、ずるいんですってば」 「ずるいのは、どっちだ?」 彼は薄く笑い、サングラスをかけてから車を走らせた。 私の家は都心からやや離れた場所にあるので、零司さんの自宅までは高速道路 を使っても1時間以上かかる。 「道、混んでるな」 カーナビで道路情報を見ていた彼が、ちっと小さく舌打ちをした。 「すみません、折角の休日に手間取らせてしまって」 「あぁ?手間とかそんなのは、どうでもいいんだよ」 「え?」 「高速のる前に、適当なトコに入るか」 ****** 高速道路の入口近辺にあるラブホテルに私は連れ込まれ、ベッドに押し倒され る。 「て、適当な所って、ホテルの事だったんですか」 「他に何処に行くと思ったんだよ?おまえがされたいって言うから連れて来て やったんだろうが」 「私の所為ですか」 「そうだよ、物欲しそうな顔で、ちらちらコッチを見られてたら、運転に集中 出来ないっての」 「……そ、そんな事言われたって、零司さんが艶っぽい瞳で見るのがいけない んじゃないですか」 クッ、と彼は笑った。 「艶っぽいってなんだよ」 かけていたサングラスを静かに外して、その瞳を私に見せつけてくる。 さほど気にせず見てしまえば、彼の瞳はやっぱり冷淡で酷薄そうに感じてしま うけど、私の印象は、いつでも柔らかく優しいものだった。 性格の良い人だとはお世辞にも言いがたかったけれど、情に薄いというそれと は違うと思えた。 何を考えているのか判りにくい人ではあるけれど、闇雲に恐れを抱いたりはし ない。 何故なんだろうか? (本当だったら、もっと、わけが判らなくて、不安になったり怖くなったりし そうなのに) 確かに彼は、わけが判らない事も言うし、それに因って泣かされる事もあるけ れど、彼自身に恐れおののいたりはしない。 こんな風に不確かに抱かれるのが常であったとしても。 愛撫もそこそこに、着衣のまま零司さんのそれが挿入される。 彼が入ってきた衝撃だけでも軽く高まってしまいそうになった。 それぐらい、私は興奮してしまっていた。 見詰めれば、見詰め返してくる、潤った綺麗な瞳がそこにあるから。 そして彼の瞳に熱の色を感じてしまうと自分も高まってしまう。 整った、少し薄めの唇にも浮かされる。 冷たそうに見えるのに、触れると私より熱くなっている温度。 その唇で耳朶や首筋に触れられると堪らない気持ちになってしまう。 ……そう、まるで発情しているみたいに。 いつも彼に抱かれる時は思ってしまう、何故こんなにも興奮してどうしようも ならなくなっちゃうんだろうって。 どうして、こんなにも貪欲に自分から腰を振ったりしちゃうんだろうって。 ねだるような声を出して……。 「おまえは本当、セックスが好きな女だな」 笑いながら彼が言う。 確かに、この状況下ではどんな風に言われても私は否定できない。 そして彼が焦らすような柔らかなセックスをしてこないから余計、動物的にな ってしまう。 身体をぶつけ合うような激しいそれに、声も自然と高くなってしまった。 熱い塊が、私の中を分け入り、そして出て行く。 甘美な感触を内部に残しながら。 そんな風にされてしまったら自制心だとか理性は邪魔でしかない。 「何、そんなに興奮してるんだよ、ラブホの方が気分が盛り上がるのか?」 耳元で囁くように彼が言う。 「零司さんが、激しく……っ、する、からっ」 「また人の所為かよ」 絡み合っているあの部分の熱で、脳が溶かされる。 出し入れされる硬さで興奮が高まっていく。 なんでこんなにも、この人の身体は私を翻弄してしまうんだろう。 ばかみたいに何度も欲しいと懇願してしまうほどに。 零司さんの耳や、首筋や、綺麗に浮き出た鎖骨にキスをしたい。 舌で舐めてその感触や形を確かめたいと思い、そして思うだけでなく実行して しまう私を、もう一人の私が冷ややかに見ているのに止める事が出来ない。 だって、我慢なんて出来ない。 小さく漏らされた艶かしい彼の声を聞いてしまえば、いっそう火がついてしま うから。 貪るように互いの身体を求め合い、高め合い、そして先に果てるのはいつも私の方。 彼が自分の精を吐き出す頃には、私は自分を保てなくなっているのが常で。 「……本当、おまえの身体は気持ちが良いな」 ゆっくりと彼は私の中から自分のそれを抜き出しながらそう言った。 零司さんが出した後でも、その部分はまだ大きなままだったから、なんとなく “惜しい”と思ってしまった。 「まだ足りないの?」 私の考えを見抜いたのか彼がそんな風に言って笑う。 「意地悪、です」 「意地悪?おまえがやらしいだけだろ」 ククッと零司さんは笑った。 「……やらしいのは、そうかもしれないですけど」 「へーえ、認めるんだ?」 「だから、何度も言ってますけど、私がそうなっちゃうのは零司さんがいけな いんですからね」 「人の所為にするなっての」 「だって、そうだもん」 「“そうだもん”じゃねーっての」 くしゃっと私の頭を撫でて、彼は煙草に火をつけた。 紫煙をくゆらせるその様も美しくて、うっとりとしてしまう。 煙草を挟み持つその指も、長くて綺麗だったから私は好きだと思えた。 肩まで伸びているさらさらの髪だって、指を絡ませたいぐらい好きだ。 形の良い、薄めの唇だって……。 パーツごとだったら、今、この瞬間だって“好き”ってはっきり言えるのに……。