****** うちの会社は飲み会が多い。 そして私も飲む事が嫌いではなかったから、よく参加する。 その日は、零司さんと一緒に暮らし始めてから最初の飲み会だった。 設計部が主催で、総務が呼ばれる形での宴会。 零司さんも来ると言っていたのに、会が始まっても姿を見せなかった。 「で、更科さんは、映画とか見に行ったりするの?」 「映画館にはあまり行かないです、DVDはよく見ますけど」 隣に座った西木さんに聞かれたので、そう答える。 「外に出るのは苦手な方だったりする?」 「どうしてですか?」 「カラオケとかも、好みじゃなさそうだから、ほら、二次会とかもあまり来な いじゃない?」 「二次会に行かないのは、遅くなると帰るのが辛くなっちゃうからです、カラ オケは嫌いじゃないですよ」 「ああ、そうだったんだ」 どんな歌を歌うとか、何が好きだとか、色んな話を西木さん達とする中で、零 司さんはどんな歌が好きで、どんな風に歌ったりするのかなと思ったりした。 「カラオケって言ったらさ、成田主任、めちゃ歌が上手いよな」 西木さんの正面に座っている、春岡さんがそんな風に言い始めた。 「成田主任?ああ、確かにそうだな」 そこから零司さんの話で盛り上がり始める。 「そんなに、お上手なんですか?」 「ああ、あんまり歌ってくれないけどね」 「そうそう、おまえらが歌えーって」 「マイク持ったら離さないどこかの部長に見習って欲しいよな」 あはは、と西木さん達が笑った。 「男前だし、仕事は出来るし、ずりぃよなぁ成田主任」 「くさってないで、おまえもガツガツ仕事しろ、春岡」 「飲まなきゃやってらんねーよ、神様は不公平だよなぁ、ビール頂戴、ビール」 「またグダグダ始まったか」 西木さんが、ちょっとだけ苦笑いをしてから私を見る。 「えっと、更科さんのグラスも空くよね?次は何飲む?」 「あ、そうですね……その、西木さんが飲んでいるのってなんですか?」 「コレはハイボールだけど」 「ハイボールって最近よく聞きますよね」 「んー、まあ、コマーシャルとかでやってたりするね」 「じゃあ、それにしてみます」 「ウイスキーだけど、大丈夫?」 「多分、大丈夫です」 ****** 眠い。 ネムイ。 どうしよう。 猛烈に眠くなってきた。 西木さん達が色々話をしているのが、聞き取れないほどの眠さに私は襲われていた。 ハイボールを一杯飲んだだけなのに、急激に酔いが回った。 サワーの類だったら、どんなに飲んでもこんな風に酔わないのに。 えっと、ウイスキーをソーダで割ったお酒だっけ?? むむーーー。 「眠そうなのが約一名、いるんだけど、どういう事?」 頭の上で、良く知った声が響いた。 眠い目を擦りながら、その方向を見上げると零司さんが立っている。 懐かしさ(と言っても離れて数時間だけど)で思わず抱きつきそうになるのを、 私はぐっと堪える。 「眠そう?あ、大丈夫?更科さん」 西木さんの声がして、私は頷いた。 「どんだけ飲ませたの、駄目だろ?女の子相手に」 零司さんが笑っている。 「え?いえ、まだ3杯目くらいだったと思うんですけど」 「にしきさんは、わるくないんですよ?」 と、私が言うと零司さんが綺麗に微笑んだ。 「そう?じゃあ、君の自己管理がなってないってわけだ」 「そうですかぁ?」 「そうだよ、更科さん、君はもう帰った方が良いね」 にっこり。 零司さんは笑っているんだけど……。 むむー。 これは、もしやご機嫌よろしくないのかなぁ??? 「送ってあげるから、立ちなさい」 「え?ひとりでかえれま……」 「立ちなさい」 や、やっぱり怒ってる?? すっごい笑顔なんだけど、逆にそれが怖い……。 「えぇと、じゃあ、おカネを」 って、私が鞄から財布を出すよりも早く、零司さんは札入れからお札を2枚取 り出して、西木さんに渡した。 「更科さんと俺の分、残りは二次会の費用にあてて」 引っ張り出されるようにしてお店から出され、店から出た瞬間睨まれる。 そ、そんなにおっかない顔しなくても。 でも、おっかない顔してても、零司さんはステキね。とか思ってしまう。 「おまえなー」 「れーじさん、おそかったんですね」 「あぁ?」 「まってたんですよぉ」 「仕事で遅れたんだよ、へらへらするな、馬鹿」 「ばかとか、いわないでください」 「馬鹿に馬鹿だと言って何が悪い」 そう言って、彼はすたすたと歩いて行ってしまう。 「あ、れーじさん、まってくださいよぉ、なにおこってるんですか?」 言いかけて、ああ、会社の近くで誰に聞かれているのか判らないのに、私が零 司、零司って言うからかな?と思った。 「おこったら、やーです。なりたさん」 「誰が、そう呼んでいいって言った?」 「え?なまえ、よんじゃいけないんですか」 「どういう風に呼べって言うのは教えてある筈だろう?あ、おいっ」 目の前に欲しいものがあるのに、我慢なんて出来ない。 私は零司さんに抱きついて、すりすりした。 「俺は、酒に弱い女は嫌いだぞ」 「わたし、よわくないもん」 「弱いだろ?現に酔っ払っているじゃねぇかよ」 「よわくないもーん」 「……ああ、そうかよ」 襟首掴まれて、その身体から剥がされる。 「やーん」 「やーんじゃねぇ」 「だっこしてぇ」 「甘えんな」 「いーじーわーるー」 「さっさと歩け」 「う…は、はい」 何で甘えさせてくれないのさ。 と、私は、10歩以上先に歩く彼の背中を恨みがましく見詰めた。 何で抱っこしてくれないの? 何で手を繋いでくれないの? 何で触れさせてもくれないのさ。 「あいしてくれるって、いったくせに」 「あぁ?」 「れーじさんの“あい”ってなんですかー」 「……この、酔っ払い。黙れ」 ムリに引っ張るようにして、私の手を掴んでくる零司さん。 でも、手を繋げた事で心が満たされた。 「れーじさん、すきー」 私がそう言うと、彼の手がぴくりと反応した。 「れーじさんの、ゆびや、みみや、かみや、くちびるがすきー」 「…………部分単位かよ」 彼の唇が落とされる。 触れ合う唇の温度で切なさが込み上げてきてしまう。 短い体温の交換が終わる。 見上げて目が合う、長い前髪からのぞく、切れ上がった涼しげな瞳と。 その彼の瞳も、堪らなくなるほど好きだと思えた。 見詰められていると感じるだけで心が震えた。 しなやかで逞しい腕の中に招き入れられ、今度は長めの口付け。 ふっと見上げると零司さん越しに丸い月が見えて、その光が私達を照らしてい るように思えた。