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rit.〜りたるだんど〜 act.15

******

「あっ、更科さん!」
会社の廊下で西木さんに呼び止められた。
「昨日は、その、ごめんね?なんか俺、飲ませすぎちゃったよね」
そんな風に言って詫びてくる。
「え、いいえ、全然大丈夫です。本来はあれ位じゃあんな風に酔わないんです
けど……体調が悪かったんでしょうかね」
私がそう言って笑うと、彼は苦く笑った。
「ウイスキーが合わない人だったとか。そういう子、いるみたいだから」
「ああ、確かに普段飲まないですね」
「ごめんな」
「いえ、西木さんが悪いのではないので」
ちょっと躊躇うような表情をしてから彼は口を開いた。
「……昨日は、その」
「はい?」
「成田主任に、ちゃんと送ってもらえた?」
「あ、それは大丈夫でしたよ」
多分。
何が大丈夫なのか判らないけれど。

「あの人が、あんな風に女子社員を送るとか言い出すの初めてだったから……」
「え?あ、そうなんですね」
「俺が送りますって言ったんだけど、全然聞き入れてくれない様子だったし」
西木さんがあの時何を言っていたかは全然覚えてない……。
「あの、あのさ、更科さんは、成田主任をどう――あ、いや」
「え?」
「うん、その、更科さんって誰か付き合ってる人とか……」
「はい?」
「いや」
彼は少しだけ咳払いをしてから私を見た。
「更科さん」
「はい」
「……突然だけど俺と付き合って欲しい」
「え、え!?」
「ごめん、驚くとは思うんだけど……考えて欲しいんだ」
「あ、の……」
「君が、入社した時からずっと気になってた」
そう言って西木さんは人懐っこそうな笑顔をこちらに向けた。
「考えてみてくれないか?」
「……で、でも、あの」

好きな人が居ます。とか、付き合っている人が居ます。とか、上手く現状を説
明できる言葉が見つからず戸惑ってしまう。
考えたところで、そうするまでもなく付き合えないだから返事を延ばすのは良
い事ではないと思えたから、私は慌てて口を開いた。

「でも、西木さんとは、付き合えない、です……凄くごめんなさい」
「……好きな人居る?」
「わ、かりません」
「気になる人は居るの?それは、成田主任?」
「や、あの……」
西木さんは、ふっと笑った。
「言ってくれて構わないよ、それで主任を見る目が変わったりとか、勿論恨み
に思うとかもないから」
「ごまかす……とかではなくて、判らない……ので」
「そうなの?」
「すみません」
見上げると、西木さんは人懐っこそうな茶の瞳を細めて笑った。
「でも、成田主任はきっと君の事が……あ、うーん……」
彼は少し何かを考えるような表情をしてから言う。
「俺の口から言っても仕方ない……か」
「西木さん?」
「うん、ごめん、呼び止めて変な事言っちゃって」
「あ、は、はい」
「……ちょっと気持ちをあたためすぎちゃったかな」

そんな風に言って苦く笑う西木さんの表情が、何故か脳裏に焼きついた。


******



「なーんか、上の空だな。好みに合わなかったか?」

会社帰り。
零司さんが案内してくれた雰囲気の良いレストランで私達は食事をしていた。
「あ、いえ、ワインとか、すっごく美味しいです」
「ん。そうか」
「……」
「なんだ?」
会社で西木さんに言われた事、零司さんに報告した方が良いのか判断に迷った。
言った所で、『だから?』と思われたらという気持ちもあり言いにくかった。
「なんだよ」
「おニク美味しいですね」
「そんな事聞いてねぇよ、言いたい事もそんなのじゃねぇだろ?おまえ」
ワイングラスを傾けながら、彼は微笑んだ。
「えっと……その」
「なんだ」
「零司さんは、食事の美味しいお店とかいっぱい知ってるんですね」
「は?」
「こういう雰囲気が良いお店とか、私は今まで知らなかったので」
「ああ、そう」
「家族で外食するときも、ファミレスとか、回転寿司とかでした」
「……ふーん」
「だから、知らない世界を知ったようで嬉しいです」
「喜んでるなら、いいけど」
「はい、喜んでます、たくさん」
私が笑うと、零司さんはちょっとだけ笑った。
「……零司さんは……」
「なんだ」
「ご兄弟はいるんですか?」
「いる、兄がひとり」
「あ、お兄さんがいるんですか、うちと一緒ですね」
「ふたりもいねぇけどな」
「零司さんに似てます?」
「似てないな、兄貴は母親似で俺は父親似だから」
「そうなんですね、どんな感じのお兄さんなんですか?」
「どんな……ねぇ」
零司さんは少し考えるような仕種を見せた。
「要領悪くて鈍くさい男を演じてる、切れ者……かな」
「え?ど、どういう方なんですか」
「他人を傅かせるのでも従わせるのでもなく、自分に巻き込んでいく種類の人
間」
「想像に難しいですね……」
「判りやすく言っても、そういう感じだから仕方ないだろ」
「でも、零司さんのお兄さんだから、きっと素敵な方なんでしょうね」
「どういう意味?」
くくっと彼は笑った。
「え?」
「おまえは俺の兄を褒めたいのか?俺か?どっちなんだよ」
涼しい瞳で、彼はこちらを見てくる。
いつもの事ではあるけれど、その瞳は感情が掴みにくい色だと私は思えた。
だからどんな答えを彼が求めているのか察知しにくい。
「その……多分、零司さんの方、です」
彼は小さく笑った。
私を見ていたその双眸は濃い葡萄色の液体が注がれたグラスへと向けられる。
すっきりと切れ上がった黒目がちな瞳。
不思議な目の色だと思えた。
無機質に見えるのに、熱情的でもあるから……。

グラスを傾ければゆらゆらと揺れる葡萄色の液体。
少しだけ口をつけて飲んだ。

もどかしいような感情が胸につかえている。

そして思い出す西木さんの言葉。

『……ちょっと気持ちをあたためすぎちゃったかな』

あの言葉も、私の中で引っ掛かっていた。

育たせたいと願った感情。
でも、育つほどに言えなくなっていくんじゃないかとも思えた。
慎重になっているつもりもないんだけど、戸惑う気持ちが大きくて。

零司さんは、私をどう思っているの?
何で一緒に住もうって思ったの?
ずっとっていつまで?

“ずっと”が永遠でない事を知っているだけに考えてしまう。

心の中に植えた種はやがて芽吹き、花開かせる時がやってくる。
だけど、その花は見て欲しい人の目に留まるの?と思ってしまう。
見て貰えない花ならば、いっそ咲かせない方が良いとさえ思う自分も居た。


******


「デザートのケーキも美味しかったですね」
「そうか」
「はい」

レストランから帰る電車の中。
周囲の視線が零司さんに集まる気配を感じた。
特に女性が、しきりに彼を気にするように見てくる。
本人はもうそんな事には慣れてしまっているのか、気にかける様子はまるでな
い。零司さんの事だから、この視線に気付いていないというのも有り得ない。
複雑な思いがする。

彼が着ているジャケットの袖をぎゅっと握った。

零司さんの指が誘うように私の手に触れる。
それが了承の合図だと思えて、そっと彼の指に触れ、絡め合わせて手を握った。
心が痛い。
切なくて苦しい。
零司さんの温度を手で感じるだけで涙が零れそうになった。


この温度でなければ私は嫌だ。


初めて手を握った時から、多分私はこの温度の虜だったんだ。
離したくないと思ってしまったあの時の感情が、今も脈々と続いている。

気持ちが揺れすぎて泣きそうになるのを堪える為に、私は話題を振った。

「零司さんは、歌がお上手なんですってね」
「あ?なんだよ、急に」
「そんな事をこの間の飲み会で、西木さん達が言ってました」
「上手い下手は知らねぇけど、好きじゃないのは確かだな」
「え?カラオケがですか?」
「歌が」
「そうだったんですか……」

『あんまり歌ってくれないけどね』

そんな言葉が思い出された。

……知らないなら歌えない筈。
だけど、それ以上深く聞く事が出来なかった。
彼の小さな拒絶が薄く見えている感じがして。

零司さんが小さく息を吐いた。

「西木、西木、だな。おまえは」
「え、え??」
「そんなに西木が良いわけ?」
「良いとか、そんな話はしてないじゃないですか!」
「居酒屋で、べったりしやがって」
「私、西木さんに触れたりしてないですよっ」
「雰囲気だよ、自然な感じで隣に座ってんじゃねーっての」

彼が私の考えていた事と全然違う方向に話を持っていくので戸惑ってしまう。

「し、自然、とか、言われても……」
「……ああいう男の方が良いの?」
「え、い、いえ……あの」
「俺、よりも?」
彼を見上げると、からかうような表情をしていなくてどきりとさせられた。
怒っているようにも、拗ねているようにも見えて……。
「わ、私、前にも言いました、零司さんじゃないと嫌だって」
「前にも言ったかどうかなんてどうだっていいんだよ、俺が聞いたら何度でも
答えろ」
「零司さんが良いです」
「当然だ」
そう言いながらも、彼はふいっと余所を向いてしまった。
電車の窓には、少し怒ったような表情の彼の横顔が映っていた。



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