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rit.〜りたるだんど〜 act.2

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夜景が綺麗に見える高層階にあるその居酒屋は、さきほどのチェーン店
の居酒屋とは違って、ざわざわしてなく、静かで雰囲気が良かった。
「夜景が綺麗ですよねぇ」
「料理は?」
吸った煙草の煙を私に向けないように吐き出してから成田さんはそう言
った。
「あ、もちろん、料理もめっちゃ美味しいです」
「そうか」
ふっと笑う彼の美しさには、夜景も負けてしまうほどだと思えた。
近くで見ると、本当に睫毛が長い。
肌も凄くきめ細かくて綺麗。
男の人で、私より年上なのに、この肌の綺麗さはずるい。
煙草を持っている指も長くて綺麗だし……。
「煙たいか?」
彼はこちらを見てそう言う。
「あ、全然、大丈夫です」
じっと見詰める私を不審に思ったのか成田さんが言ってきた。
「ならいいんだけど、愛煙家なんで、吸ってないと落ち着かないんだよ
ね」
ふふっと彼は笑った。
「最近、肩身が狭いけど」
「吸う人はそうでしょうね」
「更科さんは吸わない人か?吸ってるの見た事無いけど」
「はい、吸わないです。でも家族はみんな吸う人達なので、煙は気にな
りませんよ」
「それはどうも」
にっこりと彼が笑う。つられて私も笑った。
「鶏のお刺身って初めて食べたんですけど……」
「え?ああ、そうなの?」
「はい、美味しいんですね」
「だろ?」
「はい、お酒も美味しいですよね」
「更科さんって“ほにゃにゃー”ってしていて可愛いよね」
彼が突然そんな事を言うものだから一瞬固まってしまった。
「はっ、はい?か、可愛いって、そんな、滅相もないですよ!」
「そうかな」
「何を急に仰いますか!驚くんで、やめて下さい」
「え?可愛いって言うのは駄目なの?」
「本当に可愛い人には言っても良いと思いますけど」
「更科さんを本当に可愛いと思ってるけどね」
「……あー、そう、なんですか……この、梅酒に入ってるのは紀州の梅でし
ょうか」
「そんなの、凄くどうでもいいんだけど」
「梅に失礼ですよ?成田さん」
「店に失礼じゃなくて、梅に失礼なのか」
くくっと彼は笑った。
「あー……ええっと……」
私は隣に座る彼を見上げた。
身長差は凄くある筈なのに座るとそう感じないのがちょっと憎い……。
「褒めて下さって、あの、ありがとうございます」
「え?あ、うん」
「あまりそういうの言われなれてないので……冗談以外では」
「ああ、そうなの?」
「……あ、そか、成田さんのも冗談かぁ」
ぽんとテーブルを叩くと彼は笑った。
「冗談っていうのとはニュアンスが違うけどね」
「そうなんですか?」
「可愛いと思ったのは本当だし」
「そうなんですね、成田さんは綺麗だと思いますよ」
「……綺麗?」
「指とか」
「指か」
ふふっと彼は可笑しそうに笑った。
「あ、勿論、他も」
「他って?」
彼はテーブルに肘をついて頬杖をつく。
ちょっと斜めに私を見てくる(さま)は色っぽくて美しかった。
アルコールが入っている所為なのか、いつもよりも数倍そう見えた。
「どのパーツもですよ、初めて成田さんを見た時、こう……なんて美しい
人なんだろうって、あまりの美しさに神々しさをも感じました」
両手を広げるようにして言うと、堪らずといった様子で彼がくくっと笑い
出した。
「あ、えっと、なんか、すみません、言いすぎですね私」
これだから、お酒が入ると駄目なのよ……。
頬が一気に熱くなってしまった。
「や、良いけどね」
「すみません、酔っ払いで」
「うん、良いよ」
つっ、と彼は指の背で私の頬を撫でた。
「……あ、の」
「ほっぺたプニプニで柔らかいね」
「すっ、すみません、なんか、丸くて」
「丸顔の子も嫌いじゃないよ」
「そ、そうなんですか、あはは」
なでなでなでなで。
すぐ終わるのかなぁと思ったそれは一向に終わる気配を見せず、私は困
ってしまう。
「あの、触りすぎ、かなぁって、思うのですが」
「こういう風にされるのは嫌い?」
「嫌い、とかではないですけど」
「俺にされるのが嫌だ?」
「え、ええっと……嫌では……ないです」
「じゃあ、良いんだ」
「良いか悪いかの2択しかないのなら、良いと思われます……」
「そうかそうか」

どういう流れなの!

「その……温かいんですね」
「何が?」
「成田さんの指、です」
「そりゃあね」
「触れないと、人の温かさって判らないものなので」
「まあ、そうだろうね」
「だから、なんか……不思議な感じです。知らない温度だから」
「そう」

彼は笑って、私の頬から指を離した。

離れたら離れたで、少し惜しい気がしてしまう。
ちょっと物悲しい気持ち。

散った後の桜の木を見上げた時の気持ちにちょっとだけ似てるその感情。
桜は1年待てばまた咲くけど……。

ちら、と成田さんを見上げた。

この人が、また触れてくる事はあるのかな、なんて……少しだけ思った。



「ここはシャーベットも美味しいんだよ」
「シャーベットですか?」
「ああ、俺はグレープフルーツが好き」
「食後の、デザートですね、じゃあ、食べようかな」
何の気なしに言ったのに、彼がじっと私を見詰めてきた。
「え?えっと……何か?」
「もう、帰りたいの?君は」
「え、あ、いえ……その」
「帰りたいって言うなら、仕方ないけど」
「ぜっ、全然違います、帰りたくないです、ええ、本当に」
くくっと彼は笑った。
「面白いね、君は」
「……からかうの、禁止です」

梅酒サワーをちょっとだけ飲んで、溜息をひとつ吐いた。

「だいたい、ズルイんです」
「何が?」
「成田さんばっかり触って」
「何を?」
「私の事をです」
「だったら触れば良いじゃない」
「自分で自分の事を触ってもですねぇ……」
「そうじゃなくて」
ふっと小さく彼は笑う。
斜めの角度で私を見てくるから、それがやっぱり艶めかしく反則的に色
っぽい。
ぼんやりとしていると、彼の手が私の手に触れた。
握られた指先がゆっくりと彼の頬を滑る。
「どうぞ。これでおあいこかな」
成田さんの頬に、私の指が触れる。
「あー……柔らかいですね」
「君ほどはプニプニしてないと思うけど」
目を細めて彼は笑った。
「プニプニとかはしてないです」
「うん」
「温かいですね」
「君の手は少し冷たいな」
「平熱が低いんです」
「そう」
「大体いつも35度台ですね」
「低いな」
「冷房効きすぎると、凄く指先が冷たくなりますよ」

名残惜しいと思いながらも成田さんの頬から指を離した。

彼の頬は温かかった。
けれど、気分的には冷たい、ガラス細工にでも触れるような……そんな感じがした。
うっかりしたら、壊してしまいそうで。

――――壊れる?何が???

カラン。

梅酒サワーの氷が溶けてくずれる音が耳に響いた。

いつもより、距離が近すぎるから。
知れそうで知れない体温の距離だから。

ちょっとだけ、じれったさを感じてしまう。

中途半端に触れてしまったから、全く触れなかった時に比べて心がざわ
めいてしまう。

「……今も、ちょっと指先冷たくなっちゃってますね」
「それは、温めろという意味か?」

黒いテーブルの上に、彼は掌を上に向けて置いた。

手を出して、ゆっくりと成田さんの掌の上に自分の手を乗せた。
「温かい、です」
「ああ」
彼は私の手をきゅっと握った。
温かくて心地いい。
だけど……。
離しがたくなりそうで、怖い。
こうしていたって、終わりが来るのは目に見えて判っているから落ち着
かず、ゆっくりと彼の体温を感じるどころではなかった。

「そんなにすぐ、離したいの?」
「え?い、いえ、そういうのでは」
「非常に落ち着きないよね」
「だって……離さなきゃいけないって、思うと……」
彼は少しだけ目を細めて笑った。
「それは離したくないという意味?」
「え、ええっと、あの……」
「離したくないなら、このままでも良いよ」
「…………そうもいかないです」

失敗した。
私はそう思った。
触れてる間は温かい。
だけど、温かさを知ってしまえば、離れたときが数倍辛くなる。

離したくない。
そう思う感情は、痛いぐらいに胸を刺してきた。

でも私の手が上にある以上、退かさなければいけないのは私だ。
離すタイミングを決めるのは“私”。

「更科さんって、本当、可愛いね」
「え?あ、あり、がとうございます」
「髪の毛は綺麗な巻き毛だし」
「……それは、あの……デジタルパーマなので」
「うん、似合っているよね」
「ありがとうございます」
「まあ、長くても短くても、どんな髪型でも君は可愛いと思うけど」
「ええっと、それは、なんだか褒めすぎです」
「そんな事はないよ」
「あんまり褒めないで下さい、調子にのっちゃうんで」
「例えばどんな風に?」
「えっ?あ……うーん……と、もうちょっと、だけ……一緒に呑みたいなぁと
か、そんなのです」
「君の時間が許すんだったら、俺は構わないけど」
「時間はありますけど、電車、なくなっちゃいますものね」
ぱっと顔を上げて彼を見ると、成田さんは柔らかく微笑んだ。
「俺の家、この近くなんだよね」
「え、え??」
「来るんだったら、電車の時間も気にしなくても良いわけだけど」

くすっと笑うその様は、まるで私を妖しく誘っているようにも見えて……。

「シャーベット食べたら、俺の家でまた呑み直す?」

それは一つしか選べない、選択肢だった。



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