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rit.〜りたるだんど〜 act.3

******


「更科さんは桃が好きなの?」
コンビニで買った缶のお酒を袋から出しながら彼は言った。
「はい……桃とか、葡萄が好きです、お酒では」
「そうなんだね」

成田さんの家は相当広めのワンルームで、備え付けのクローゼットが充実して
いるせいか余計な物が外には一切出ていなくてすっきりと片付いていた。

煙草の匂いと、他人の匂いがする。

大きなテレビと、デスクトップのパソコンもある。

部屋の奥にあるロールスクリーンは床につく位まで下げられていて、あの奥に
も何かあるのかなと思われた。

……他人の、しかも男の人の部屋は、なんだか相当落ち着かない。

「座って良いよ」
大きな黒い革張りのソファに腰掛けながら彼は言った。
「あー……、はい……」
なんとなく隣に行くのには気が引けたので床に座ろうとしたら制される。
「違うだろ、そんな所に座らないでこっちにおいで」
「は、はい」
私が彼の隣に座ると、成田さんは桃のお酒を開けてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「ん」
自分のビールも開けて彼はそれを呑んだ。

……成田さんのお家に来たものの、眠くなったらどうするんだろうとか、色ん
な事が気になってしまう。

「落ち着きないんだね」
「え、あ、す、すみません」
「んー、まあ、そんな様子も可愛いんだけど」
「今日の成田さん、可愛い可愛いって言い過ぎです」
「そう?」
「そうです」
呑みなれている筈の桃のお酒が、なんだかちょっと違う味に感じるのは、多分
この環境の所為だ。

その上、スーツのジャケットを脱いで、ネクタイも外し、ワイシャツのボタン
をちょっと外してルーズに着ている状態の成田さんが、本当に色っぽくて困る。

彼が動く度に、ちょっと長めの髪の毛が揺れる。
その髪はさらさらで艶があり、やっぱり“触れてみたい”なんて事を思ってし
まう。

なんで今日は“こう”なんだろう?
触れたい、触れたいとやたら思ってしまう。
酔っているから?
近くに居るから?
それとも別の何か?
答えなんて見つからない。



「んー、何か食べるものとか、あったかな」
2本目の缶ビールを空けたところでそう言って彼が立ち上がった。
立っていても座っていても、華やかさのある人だなぁと私は回らない頭で考え
ていた。


主に置いてけぼりにされた、濃いグレーのネクタイが、無造作にテーブルの上
に置かれている。
特に意味はなく、私はそれを指先で弄った。
絹糸で織られていると思われるそれは、指先に優しい。


「ネクタイが好きなの?」
チーズを片手に戻ってきた彼が笑った。
「あ、ええと、そうかも、です」
「面白いね」
「す、すみません」
「謝る必要はないけど」

しゅるんっとテーブルからネクタイを持ち上げるから、取り上げられてしまっ
たんだなと思ったけれど、それは違った。
テーブルに乗せたままの私の手首の上に長いネクタイが落ちてきた。
……何の暗示なんだろう?

ふと、彼を見上げると、優しく微笑んでいるのに何故か背中がぞくっとしてし
まうほど瞳が甘く輝いているように見えて、視線を外す事が出来なくなってし
まった。

息が、上手く出来ない感じがした。
呼吸が、苦しくて。
何故?

「君は本当に、可愛いな」

喋り口調も、声のトーンもそれまでのものとなんら変わりないと思えるのに、
私は何かに囚われたように身動きが取れなくなる。
彼から視線を外す事が出来ない。
なんだかもう、身体が一気に“切ない”感じになってしまった。
それが判るのか、彼が小さく微笑んだ。
「どうされたいの?」
誘うような言葉に、震える唇が小さく答えを出す。
普段だったら絶対に言わない事。
今までだって、言った事のない言葉。
何故か零れるように躊躇いも無く唇から落ちていった。


「抱かれて、みたいです」


私の上に落ちていたネクタイが優しく手首を巻き取っていく。
拘束されるほどに、興奮が高まった。

「な、りた……さん」
「君のそういう表情、凄く良いね」

“そういう”がどういったものなのかが私には判らなかったけれど、様子を窺
うようにそっと見上げると静かに唇が重なった。

温かくて、柔らかい彼の唇。
掌で感じる温度よりも、その部分の温度は心が甘く揺らぎ、そして震えた。

恋人じゃないひとなのに……。

そうして欲しいと言ったのは私。
だけど、薄暗い罪悪感みたいなものが心の片隅にあるのも真実で。

抱かれるのが怖いとか、そんな事は微塵も感じないし、抱かれてみたいと思う
のも、本当なんだけど。

――――妄想と現実の区別がつかなくなってきていた。



******



「可愛い声で)いてみせろよ、抱かれてみたいと言ったのはおまえだ」
「……な、りた……さん……」

手首に拘束があるものの、彼は乱暴に扱ったりはしないから恐怖心はまるでな
いのだけれど、もともと行為をプレイとして楽しむというタイプの人間ではな
かったので、追いつけない心がどうしても快感のブレーキになってしまう。

痛くはない。
あの場所自体は彼の愛撫によって熱く溶けたようになっているから。
じわりとする快感だってあるのは本当。
本当なんだけど。

「成田さぁん……」

なんだかちょっとだけ泣けてきてしまった。
心がうずうずとしてしまうから。
彼はちょっとだけ笑った。
「わかったよ」
そう言って彼が私の中から塊を引き出すから、終わりにしちゃうのかなって思
った次の瞬間、ソファに突っ伏されていた私の身体がふわりと浮いた。

私を抱き上げた彼はちょっと奥まで歩いて、2枚あるうちの1枚の濃い緑色を
したロールスクリーンのチェーンをひき、それを上げた。

あ。
と思っているうちに、その奥にあった大きなベッドの上に身体を沈められる。

「花澄かすみ)」
名前を呼ばれ、頬をそっと包むように触れられただけで、体内に塊を入れられ
ていたときよりも、大きな甘い快感が湧き上がってしまった。
「し……って、たんですね?」
「何が」
「私の、名前です」
「当然だろう?」

何が当然なのか判らずに、じっと彼を見詰めた。
社員の名前は、フルネームで知っていてアタリマエという事なのか。

「おまえは、まさかとは思うけど、知らないのか?俺の名前を」
「え、あ、いえ、知ってます、れーじ、さんですよね」
「れえじ?」
「う、と、れいじです、零司」
アルコールで回らない舌での彼の名前の発音に苦労してしまった。
「ああ」
彼は小さく笑った。
「以後、そう呼ぶように」
「え??」
「同じ事を2度言わせるな」
「だ、だって」
私の言葉を遮るように、彼は深いキスをしてきた。
「ん、く」
深いキス。
何かを溶かすような液体。
他人のものではあったけど、不思議と気持ち悪いとは思えず、自然に嚥下する
事が出来てしまう。
絡む舌の動きも絶え間ないもので……。

「入れるぞ」
「あ、は、はい」
ぎゅっと目を閉じると、縛られた手首を掴まれ頭の上で押さえつけられる。
「目を閉じるな、こちらを見ろ」
「え、あ……」
目を開けて見上げると、じっと彼は私を見詰めてきた。
「閉じるなよ」

ぬかるんだ場所に、硬さを感じた。
言われるとおりに彼を見ていると、彼も私を見詰めたまま、ゆっくりと身体を
落としてくる。
先ほどよりも、鋭敏に内部が彼を感じているのがはっきりと判る。
硬い塊が内壁をゆっくりと擦っていく感じが。
小さな摩擦なのに、湧き上がる快感はさっきよりもうんと強かった。
「あ、ぁ、ん……」
「良い声だ。花澄」
艶のある声で名前を呼ばれて身体の芯が熱くなる。

どうしよう。
どうしよう。
凄く感じてしまう。
声が勝手に出て、それを成田さんに聞かれてしまってる。
しかも、じっと見詰められてしまってる。
こんな私を。
「や、や……見ないで、下さい」
「何故?花澄、可愛いよ。俺のを入れられて感じているその顔」
ふっと彼は笑った。

先ほどは「入ってるなぁ」なんて、うっすら感じるだけだったのに、今はそれ
を感じないようにしたいと思っても、内壁からじわじわとした快感が湧き上が
ってきてしまって、否応なしにその存在を意識してしまう。

ゆっくりと分け入ってきて、最深部まで到達すると、またゆっくりと引いてい
く、それを繰り返されると小さな快感では物足りなくなってきてしまって辛く
なる。

多分、焦れてくるというのがこういう事なのだろうなと理解はできた。
だけど、理解が出来たからといって辛さが払拭されるわけではない。

「な、成田、さ、ん」
彼はちょっとだけ笑って、その動きを止めた。
「言い直せ」
「…………え?……」
「“こうしろ”と言うのは、俺はもう告げた筈だ」
「あ……、れ、零司……さん……」
「何度も言わせるな」
彼は強い言葉とは裏腹に、ふっと優しく微笑む。
そんな表情も反則過ぎる。
優しく笑うのも、甘く見詰めるのもずるい。
ためらう気持ちも、薄暗い罪悪感も、全部何処かに行ってしまいそうになる。
状況はさきほどとは大して変わってはいないのに。
「零司さん……れいじ、さ……」
涙が溢れる。
抱かれてみたいと賽を投げたのは私だ。
だからその目がどんなものが出ても、責を負うのは私。
優しくされなければ辛いけど、優しくされても辛くなる。

今この状態までの選択肢を、私は全部間違えてしまった。

間違えて、間違えて、一番良くない状況を迎えてしまった。
ただ抱かれているのがちょっと寂しいとか、もう少し優しくして欲しいとかそ
んなの望まなければ良かった。
セックスをその場限りのプレイだと、楽しめる人間じゃないのだから、優しく
されたあと、どんなに身体が満足したって辛いのは目に見えていたのに、私は
バカだ。

身体に強い衝撃を感じる。
深い快感が身体の中で起きて全身が痺れた。
その後の繰り返される抽送によって起きる更なる快感に気がおかしくなりそう
になる。

「あっ、や……うごか……ない、でっ」
「……こうされたかったんだろ?もっと欲しいって言いなよ」
「やっ……零司さん、だめ……」
「駄目って言う割りに、腰は動いてるじゃないか」
ふっと彼が笑った。
「や……だ……」
「本当は、気持ち良くて堪らないんだろう?」

それはどうしようもない事実で、身体の奥が溶けたみたいに熱くなっている。
そしてその先を求めて疼いていた。

彼が動きを止めれば、私は狂ったように求めてしまう。

「おとなしそうな顔をして、貪欲なんだな」
「……れ、いじさんが……する、からっ」
「へーえ、俺がなに?」

ぐぐっと最深部まで差し込まれて悲鳴にも似た声が出てしまった。

「あああっ」
「……気持ち良いんだろ?だったら言い訳なんかしてないでイイって言えよ」
「う、ぅ……う」
「でないと、止めるぞ」
「いやっ」

懇願するように見上げると、彼は満足そうに微笑んだ。
ああ、もう覚悟を決めなきゃいけないんだって私は思った。
どうせ引き返せはしないのだから。

「……も、っと、欲しいんです、零司さんが欲しい、お願いします、して下さい」
「俺の何が欲しいんだって??」

意地悪だ。
私を何処までも堕としていく。
だけど、この快感の海の流れには逆らうことは出来ず、彼が望むままの言葉を
口にする。
どんな卑猥な言葉であっても。

「いやらしい事、平気で言うんだな」
彼は笑った。
だけど、それが彼の意に沿うものであるのが明白で、零司さんが私の言う事に
軽蔑したり、侮蔑の類の視線を送ってくる事はなかった。

「零司さん……零司さんっ」
「花澄、おまえは、良い子だな」
「もう、だめ……駄目です」

彼は私を抱き締めて耳元で囁いた。

「良いよ、いかせてあげる」

甘くて神経をとろとろに溶かすような声。

例えば身体が高まっていなくても、その声だけで私は……。





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