ｒｉｔ.２〜りたるだんど〜　STAGE.12

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そのライブハウスは、ぱっと見た感じ小さな喫茶店のようにも見えるけれど、
二重になっている扉をくぐると中には小さなステージがあり素人目にも音響設
備が整っているように見えた。
今のところお客さんは居ない様子だった。
「ああ、零司待ってたよ」
入ってすぐ、この店のマスターと思える人物がカウンターの向こうから零司さ
んに話しかけてくる。
「うん、アレ、まだあるよな」
「勿論」
カウンターの中からギターのハードケースを持ってその人はこちらに回ってき
た。
かちゃっ。
渡されたハードケースを零司さんが開けるとそこには一本のドレットノートの
ギターが入っていた。
一目見て、綺麗な木目のギターだなと思った。
覗き込むようにして見ていた私を零司さんが笑う。
「Ｋ.ヤイリのギターだよ、花澄」
彼はそう言うと出したギターを渡してくる。
「え？　ヤイリ？」
「おまえ、欲しいって言ってただろ」
「それは、いずれはって話で」
「弾いてみなよ」
「え、あの」
「チューニングした方がいいか」
人の意見はまったく聞かない様子で、彼はマスターからクリップ式のチューナ
ーを借りてギターのチューニングをしている。
「ちょ、あの、零司さん、私は」
「はい、どうぞ」
半ば押し付けられるようにして持たされたそのギターは温かみのある色合いの
ボディで、ネックを握った感じも妙にしっくりときた。

すごく“弾きたい”と思う感情が湧き上がり、気がつけば弦を爪弾いていた。
優しい柔らかい音色。
低音や高音のバランスがよく、ボディ鳴りのする固体だったので弾けば弾くほ
ど気持ちが良くなる。
このギターはそういった種類のギターだった。
「マスターがすすめるだけあって、良い音をさせるギターだな」
「だろ？」
ふたりが何か会話をしているのも耳に入らないぐらい、このギターに夢中にな
った。
一曲弾き終わってから、零司さんを見ると、彼が笑う。
「気に入ったみたいだな」
「そ、そりゃ、あの……憧れのブランドのギターなので」
「ヤイリがか」
「そうです」
「確かに、ヤイリは良いギターだとは思うけど拘る理由は何かあるの？」
「え？　何かって？」
彼にギターを渡すと、零司さんは軽く弦を弾いた。
「男がらみとか」
「な、ないです！　そんなの、まったく」
「ギターを始めたのも、実は好きな男が弾いてたから〜とかだったり？」
「そんなのは、ないですってば！」
私たちのやりとりを聞いていたマスターがくくっと笑った。
「……マスター、とりあえず、あとで代金振り込んでおけばいい？」
「ああ、それで構わないよ」
「うん。ちょっとステージ借りる」
ヤイリのギターを片手に、零司さんは小さなステージに上がった。

チューニングをし、その後すぐになんの前置きもなくアルペジオで弾き始めた
その曲は、前に弾いてくれとせがんだスピッツのチェリーだった。
アルペジオでのそれは雰囲気が、がらりと変わる。

そして。


マイクを通して初めて聞く彼の声は、よりいっそう甘いものに感じた。
上手いとか、下手とか、そんな単純な言葉で表現出来ないくらい零司さんの歌
声はダイレクトに心に響いてくるような気がした。

（歌詞とか知らないって言ってたくせに）

コード譜は勿論歌詞カードすら見る事無く、彼は歌っている。


「ラブソングを歌うなんて、珍しいな」
葉巻をふかしながら、マスターがぽつりと言った。
「え？　あの……」
「愛を語る歌って、零司は嫌いだからさ」
「そうなんですか」
「でも、気が変わったのかな。あれだけ揉めたのに」
そう言ってマスターは微笑んだ。
「揉めた？」
「うん、レコード会社とね」
「え？？」
「あー……詳しく知らないなら、ごめんね、あとは本人から聞いて」

レコード会社って、零司さんはプロだったって事？？
ううん、もしかして今も？

確かに、そうだと言われてもビジュアル的にも実力的にも疑う余地はどこにも
ない。
でも、揉めるって一体……。

ライトの下で歌う零司さんの姿を見て、少しだけ切なくなってしまった。

彼が手の届かないところに居るように思えて。







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