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rit.2〜りたるだんど〜 STAGE.19


「風呂入る? それとも、少し寝るか」
「……お風呂とか無理ですから」
「なんで?」
「動けると思っているんですか?」
「ああ……」
くくっと零司さんが笑った。
「じゃあ、寝るか」
後処理を済ませ、彼が私を抱き寄せる。
「……少しだけね」
「朝まで寝かせて下さい」
「約束は出来ない」
綺麗な表情で零司さんはにっこりと笑った。
私には彼の笑顔が美しい悪魔のそれに見えて仕方がない。
「私を壊す気ですか」
「だから、壊れないって言ってるの。身体は」
「……頭の中は……壊れますよ?」
「いいんじゃないの? 俺の事だけ考える脳になってしまえば」
「そんなのとっくです」
零司さんは小さく笑うと、私の身体に回していた腕の力を強めた。
そして、会話の終わりだと言うかのように瞳を閉じる。
私も彼にいっそう身体を寄せてから瞳を閉じた。



『……おまえ、ずっと俺を好きでいてくれる?』



思い出してしまえばまた体中が甘く痺れる彼の言葉。

望んでいるのは私の方。
零司さんに、ずっと愛されていたい。
だから、どんな私でいればいいのか教えて欲しい。
どんな私であるのなら、零司さんはずっと愛し続けてくれるのか。

ぼんやりとそんな事を考えながら、私は眠りについた。



******


深い眠りから目が覚めると零司さんが居なかった。
身体を引きずるようにしてバスルームの前に立つとシャワーの音がしてほっと
する。
居なくなる筈なんてない。
判っていても姿が見えなくなれば不安で堪らなくなる。

「花澄?」
中から声がして、びくっと身体が跳ねた。
「は、はい」
「入っておいで」

羽織っていたバスローブを脱いで、バスルームに入る。

「起こしちゃったか?」
「いえ……自然に目が覚めたんです」
「そう? だったらいいんだけど」
そんな事を言いながら、彼は私の身体にシャワーを浴びさせる。
「私が扉の向こうに居るってよく判りましたね」
「……ああ、うん……なんとなくかな」
「なんとなく?」
「動物が飼い主の行動に敏感なのと同じ感覚なのかな」
「え? 飼い主って……」
「花澄が、俺の飼い主だし?」
くくっと彼はおかしそうに笑った。
「そ、そういう表現をとるのでしたら、寧ろ逆って思います」
「俺が花澄の飼い主だって?」
「……どちらかと言えば」
「そうであるなら、俺はおまえに首輪をつけて鎖でつないでおかないと心配で
堪らなくなるよ?」
「心配って??」
「逃げ出さないかっていう心配と、勝手にどこかに連れ去られちまうんじゃな
いかっていう心配」
「逃げ出すっていうのはないと思いますけど……」
「じゃあ、連れ去られないように鎖で繋いでおかないとね」
「あ……あの」
シャワーのお湯を止めて、零司さんは湯船に私を誘う。
「スーパーとかでさ」
「え?」
「犬を外に繋いだままにしているのをよく見かけるんだけど、あんなの俺には
無理だな」
「無理って?」
「犬は賢く飼い主の買い物が終わるのを待つかもしれねぇけどさ、悪意のある
人間に連れて行かれちゃったらどうするわけ? って俺は思うんだよね」
「……」
「居なくなってから、泣いて返してくれというのでは遅いんだよ」
「昔そういう事でもあったのですか?」
「いや、ねぇけどさ。想像は容易だろ」
彼は目にかかるほどの長さの前髪をかき上げながら笑った。
「もしそうじゃなくても、俺が見てない所で誰かに触られるのもイヤだし、ま
してやそこで尻尾でも振られてたら相当イラッとくるよな」
切れ長の瞳をこちらに向けて彼は意地悪そうに目を細めた。
何か含みがあるという事はすぐに判った。
「人懐っこいのが性格だと判っていてもねぇ」
「……もしかして、私……の事を言ってます?」
その質問には零司さんは答えずに笑った。
「俺が犬なら、飼い主以外には懐かないけど?」
「そ、それは、あの」
確かに私が入社した当初も今も、零司さんは他の女性社員に対して甘い顔をし
たりはしないし、気安くしている様子も見かけた事はない。
「……すみません」
「何に対しての謝罪かな」
「でも、私だって他の人に媚びてるとか、そんなんじゃないですから」
「へぇ?」
「……零司さんにはどう見えているのか判らないですけど」
「ふーん」
「あの、だ、だから」
顔を上げて彼を見詰めると、酷薄そうにも見えるすっきりとした瞳が私を見詰
め返してきた。
「どうしたら、零司さんの気に障らないようにする事が出来るのか命令して下
さい。私は賢くないので」
「命令? 俺が言ったらおまえは100パーセントいうとおりにするわけ?」
「……はい、出来る限りは」
「出来る限りじゃ駄目だろ、それが命令であるなら絶対だ」
一瞬迷ってしまう気持ちを見透かされて、彼に笑われる。
「信頼が完全でない主従関係なんてないのと同じ」
そう言って零司さんはまた笑った。
「俺が何を言うのかが判らないから、絶対従うと花澄は言えないんだろ? 絶
対と言わず、逃げ道を作っておきたいんだろう? 言っておくけど、俺はおま
えに対してはそんな逃げ道を作っておいてやるほどぬるくもないし、優しくも
ないぜ」
言葉を失っていると、彼の手が優しく頬を撫でてくる。
「おまえは自由にしていればいい、歩み寄りが必要なら俺が譲歩するなり調整
するなりしていく」
「……はい」
「命令というか、望む事ならひとつだけ」
零司さんの腕が背中に回され、抱き寄せられる。
「おまえの住む世界には、俺だけを存在させて」


落とされたキスの味は苦くもあり、甘くもあった。




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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語

 

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